このレビューはネタバレを含みます
これはすごい。似たようなテーマのは何回か観たことある気もするけど、これもまた興味深いな。
とりあえずまずアクションがおもろい。
全身不随の男が首に埋め込んだ自律式のチップに神経系を操らせて身体を動かしてもらうっていう形式だから、動きに自主性がないというか操り人形よろしく紐か何かにぐいぐい引っ張られてるような印象。見え方もこの男とは(同じ目を使っているから使う視覚情報は一緒とはいえ)同期してないような感覚。
で、そんなちぐはぐな動きで、腕にいかつい銃を仕込んでいたりそもそも元軍人の屈強な連中をさくさく薙ぎ倒して行く。
要は不随意的な強さみたいなことで、ある種『酔拳』とかそんなのに近いのかな。
物語はそんなお調子者アクションとは全く見合わない重みがあった。
機会が今より遥かに進歩した未来。グレイ・トレースは昔ながらの手動で運転するタイプの車を整備して売る商売をしていて、妻アシャは何やら崇高な使命を帯びた仕事で重要な役職に就いている模様。
エロン・キーンはハイテク産業の大企業の経営者で、グレイに車を発注していた。エロン宅に納車した帰り、アシャとグレイが乗る自動運転車がエラーを起こして事故に遭う。首尾よくその場に現れた武装集団にアシャが殺害され、グレイは脊椎を切られる。
グレイはエロンが開発したチップ「STEM」の実験台になることを受け入れる。STEMの効果により再び体の自由を手にしたグレイは妻殺しの犯人探しを始め、実行犯のフィスクらを殺した末、指示を出したのがエロンだった事実に辿り着く。グレイは最後の復讐のためエロンの自宅へ向かう。
しかし、全てSTEMが仕組んだことだった。エロンにより生み出されやがて自我を持ったSTEMは、自発的に"進化"を望むようになる。チップを埋め込んだ最初の人間であるエロンに指示を出してグレイの身体を不随にするように仕向け、グレイに取り付き、STEMにとって半端な改造人間である実行犯たちを葬り、さらには生みの親を処分して、支配者になろうとしていた。
グレイは抵抗し、STEMが埋め込まれた自らの首を撃ち抜こうとするも、すんでのところで間に合わず。抗おうとした過負荷に耐えきれず、心が壊れる。アシャのいる美しい仮想現実の中に囚われ、完全にSTEMに支配された肉体はどこかへ歩み去る。
人間と機械の間での支配者を決める戦争で、人間が弱さ故に負ける様をいくつかの観点から描いたものと思った。
まず肉体的な弱さ。
戦闘において機械の方が運動神経の使い方が遥かに上手いのは一目瞭然。
グレイみたいな改造が入ってない身体が必要だったってのはよくわからんけど、結局のところ本来のままの人間の身体を文字通り支配した。
もっと直接的に、人間と機械の戦いというのをジェーン・コルテス刑事とグレイ・トレース(STEM)の戦いの構図で表していたと思ってるけど、完膚なきまでに後者が勝ってる。
次に精神的な弱さ。
仮想現実には苦しみが少ないからということで、何日も何週間も没頭し続けるモブ達がたくさんいた。フィスクと対峙したグレイが「奥さん(を殺したの)は小遣い稼ぎだ」と言われて感情に任せて引金を引いた時、当たり前のように弾を避けたフィスクが「感情的になるなよ」みたいなことを言っていた。グレイ(STEM)がフィスクに純粋な格闘では敵わなかった時、その前に手にかけたフィスクの兄弟について悪く言って、フィスクが怒りを露わにした隙を突いて殺した。
明らかに、人間にあって機械にない感情とか心というものが、まさに人間の弱さだと言っている。...ように俺には思えた。
人間と機械の戦争という見方の他に、結局幸せって何だみたいな話っていう見方もあったのかなあ。
仮想現実に閉じこもる不特定多数とか、グレイの「心が壊れた」ことで以って身体の支配権がSTEMに完全に移ったこととかを思うと、さも心こそ人間の本体でしょと言ってるかのような世界観が見えてくる。
では、身体なんてほっといて第三者に生命維持だけを条件に好きにやらせて、心だけ幸せだったらそれで良いと言い切れなくもないでしょ、と。
度々思うことではあるよなあ。決定的な境目を越えてしまうことはとてつもなく怖いけど、越えてしまえばなんてことない、みたいな。ゾンビ映画とかでもあっち側に行ってしまえば楽なんだろうなって思うことがある。客観的な不幸と主観的な幸福。
俺自身は身体を捨てて幸せな精神世界に閉じこもるのが幸福だとは否定も肯定もできない。ただ、「できない」の種類が違う。否定することは、根拠が示せないからできない。肯定することは、単に怖いからできない。
だとすればどっちかというと肯定側に近いのかもしれん...。
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【2022/08/24追記】
エロン(Eron Keen)の名前って、イーロン・マスク(Elon Reeve Musk)の名前をもじってたりするんだろうか。
