銀色のファクシミリ

凪待ちの銀色のファクシミリのレビュー・感想・評価

凪待ち(2019年製作の映画)
4.3
『 #凪待ち』(2019/日)
劇場にて。ギャンブル中毒の我が身を律するため、恋人の故郷に身を寄せる主人公。辿り着いた異郷でも、まとわりつく賭け事の誘惑と、恋人の過去が新たな家族の生活に影を落とす。
ミステリというより、ある男の人生に焦点を絞った、とにかく香取慎吾の熱演が光る作品。

主人公の木野本郁男(香取慎吾)は、競輪に入れ込みすぎる自分に決別するべく、恋人の故郷に身を寄せる。就職先も決まり、恋人とも、その娘とも仲良く暮らせていた。しかし新たな勤め先でも競輪に手を出してしまう郁男。そして恋人の故郷ゆえに、彼女の過去の事情も動き始めてしまうのだった。

主人公の郁男本人が「僕はろくでなしです」と吐露するとおり、度を越したギャンブル中毒者。しかし恋人とその娘とも仲良く暮らせることからも、好かれる温和な一面もあり、常識や良識、そして冒頭のシーンからは正義感も持っていることも分かる人物。

善性を持つゆえにギャンブル中毒である自身への苦悩があり、変わりたくても自分の力ではどうにも出来ず、自分にも人生にも失望して生きている。いい人間にしすぎると嘘くさく、自堕落な人間では同情による共感を得られない。難しい主人公像を見事に描いたのは、演出と香取慎吾の演技力の成せる技。

身を寄せた異郷の地で大きな事件に巻き込まれ、追い詰められ、それでも彼へ好意を寄せてくれる人たちを裏切り、自分への失望を深くした彼は、ある決意を秘めて動き出す。
自分がこの物語が腑に落ちたのは、エンドロールの映像を見た時でした。衝撃のラストとか、どんでん返しとかではなく、ただある映像が流れ続けるのですが、これに大きな意味があるように思えました。この作品は再出発や再生の物語というより、受容の物語。「人間誰しも腹の底にいいことも悪いことも、全てを沈めて生きていくのだ」と解釈しました。全てを承知で、凪いだ海面を見て喜びを感じるが如くの人生、という物語。

そして郁男と、彼との対比で描かれていた、ある人物の結末に差異が生まれたことも描かれています。その紙一重の差が生まれた要因を、全編を通じて描いている映画であり、香取慎吾が演じて伝えている物語でもあると思います。自分はそこに、この物語の救いを感じました。感想オシマイ。

キャストで特筆すべきは、やはりというか主演の香取慎吾さん。誰もが知る人気アイドルであり、今までは人気キャラクターを演じてきた印象がありますが、今回はまるで真逆の役。そしてその役に、体重を増やしてまで臨んでいます。決して、体重を増やさなければならない役ではないと思いますが、これは、今までのイメージを壊すことによって、「香取慎吾が苦悩しているから主人公がかわいそう」ではなく「木野本郁男という男の苦悩から主人公の気持ちを考えて欲しい」という意図であり、俳優・香取慎吾としての覚悟だと思えました。同時に俳優・香取慎吾を見て欲しいということかも知れないと。

あとはヒロイン・昆野美波役の恒松祐里さん。この物語は、長ったらしい説明的な心情吐露が一切ない映画なので、セリフのニュアンスと表情で真意を窺わせなければならなかったのですが、これからの生活を郁男と話す場面での緊張感と、本当の気持ちを乗せる言葉の演技は、大成功だったと思います。

これまで『チキンズダイナマイト』と『散歩する侵略者』しか出演映画を観ていないのですが、調べたら今泉力哉監督の新作『アイネクライネナハトムジーク』にも出演されているのですね。楽しみが増えました。
(2019年7月9日感想)

#2019年下半期映画ベスト・ベスト主演俳優
#2019年映画部門別賞
・香取慎吾/『凪待ち』
ギャンブル中毒への苦悩があり、失望の中で生きている郁男。共感は得にくいけど良い人間にしすぎると嘘になる難役。それを成立させた香取慎吾のスター性と演技力の合わせ技。キャリアベスト更新級だと思います。
(2019年12月31日感想)