せーじ

アルキメデスの大戦のせーじのレビュー・感想・評価

アルキメデスの大戦(2019年製作の映画)
3.7
307本目。
8月15日ということもあり、戦争をテーマにした映画を観たいなと思っていたところ、そういえばまだこの作品を観てなかったことを思い出しました。いろんな意味で何かと話題に事欠かない山崎貴監督の作品ではありますが、今までとは違った切り口で、割と評価も良い作品らしいということもあり、期待を持って鑑賞してみることにしました。




…うん、まおも(ⓒmarrikuriさん)ではあると思います。
ただ、どうなのかなぁと思ってしまう部分も結構色々とありましたね。

■冒頭は素晴らしかったです、が…
冒頭、昭和20年4月7日に坊ノ岬沖で起きた出来事を描いた様子、つまり戦艦大和が米軍から攻撃を受けて沈没するまでを描いたシーケンスは、映像としてとても見ごたえがあって素晴らしかったです。白組VFXの正しい使い方ですよね。また、戦闘で生じたゴア描写も思いのほかしっかりと為されており、「そこまで描くのか、すごいなぁ」と素直に感心してしまいました。個人的にもっとも良いなと思ったのは、短時間でもあるのにも関わらず、戦艦大和がどういう部分を攻められて沈没したのかや、大和側の攻撃がほとんど相手に損害を与えていないという絶望的な現実を、乗組員の視点を通してまざまざと見せつけていたりしている部分で、それらをきちんと映像で見せようとしていたというところですね。それだけでも今までの山崎作品とは一線を画す内容だったなと思いますし、一見の価値があるのではないかなと思いました。シンプルに凄かったです。

ですが…

残念ながらその後すぐに、懇切丁寧なナレーションが始まってしまい、ズッコケてしまいました。そこでいつもの山崎映画に戻っちゃいましたね。

■ロジックを扱う映画なのにロジカルではない展開
そこからは、戦艦大和が建造される前に戻り「戦艦よりも、こちらも航空機で対抗できる空母を増やした方がいいのではないか」という考え方をミスリードさせながら、帝国海軍の上層部が戦艦推進派と空母推進派に分かれてお互いを潰しあう話に移っていきます。冒頭の映像を観させられた後にそういう話をしていくと、当然観客は空母を作る方が戦いの上では合理的なのではないかと思いますよね。そこはとても上手い誘導だと思います。また、戦艦や空母の建造費に注目させて、その矛盾を数学的なロジックで暴くことを目的にするというのも面白いなと思いました。ただ、残念だったのは肝心なその矛盾を暴くプロセスと経過が、まったくロジカルでは無かったということなのですよね。探り当てなければならない「数字」も、話が進んでいく中でどんどん違うものへとすり替わっていきますし、「何故空母よりも安く出来たのか」という理由も、数学的なものとはちょっと違う理由だったので、正直白けてしまいました。そうこうしているうちに、タイムリミットまで削られてしまったりして「それじゃあもうなんでもアリなんじゃん」と思ってしまいたくなりました。そして、いちばんダメだなと思ってしまったのは、それでも"勝利"出来たというカタルシスを生んだきっかけが「当日その場での気づき」だったことでした。最後の最後で大逆転!とやりたかったのでしょうけれども、やり方自体はまったくロジカルでは無いし、そこまで頑張って積み上げてきたものが何の役にも立っていないよな…と思ってしまったのです。
それと、数字上の矛盾を暴くプロセスがどういう内容なのか、暴こうとする本人しかわかっていないというシチュエーションが多く、周囲の登場人物はもちろん、観ている観客すらも置いてけぼりにさせられてしまうような場面が多いのも気になりました。せめて数学的な「公式」を武器にするのであるならば、最低でもその仕組みがどうなっているのかや、どういうところからそれを持ち出してその公式を作り上げることが出来たのかということくらいは描いてもらわないと、理解が出来ないと思うのですよね。会議の場面で主人公が説き伏せるシーンも、結局そういう意味ではゴリ押し気味で、実はあまりスマートな描き方ではないのではないかなと思ったりもしました。

■戦艦大和が建造された「意味」
とはいえ、いくら劇中で色々あっても、最終的に戦艦大和は建造され、そして沈没するのは「史実」なので、この作品ははじめからバッドエンドが約束されている作品でもあるのですよね。故にこの作品はそこに物語を誘導して行かなければならない宿命を持っている訳ですが、最終的に建造された理由として、田中泯さん演じたある海軍将校氏が主人公に想いを吐露する場面を観た自分は「その通りになってねぇじゃねえか」と、心底胸糞が悪くなってしまいました。それこそ、冒頭のくだりで海の藻屑と消えていってしまった人達のことをどう思うのかとか、そんなところで勝手に共犯関係を結ばないで欲しいのだけど…と思ってしまいましたね。
ただし、この物語はあくまでフィクションであり、実際のところどういう意図で建造され、どういう運用をしていくのが目的だったのかは本作で描かれている考え方とは違う内容だったようです。そもそも艦船による海戦は、複数の種類の艦船で艦隊を組んで行うものなので、冒頭でそれが何故出来なかったのかということを学んでいくと、本作で問われている論旨は意味を成さないのではないかな、とも思ってしまいます。どちらにしろ日本海軍は建造計画や運用方法を誤り、出さなくてもいい犠牲を出してしまったという事実は、変わらないことでしょう。
そういう「胸糞の悪さ」をカタルシスに託すようなクライマックスとエンディングの描き方は、そう悪くない着地だとは思いますが、やっぱりどうしても、一般庶民の視点から観てしまうと「置いてけぼり」にされているように感じてしまいますね。

※※

ということで「まおも」な部分も多い作品だとは思いますが、個人的にはちょっと思っていたのとは違うルーズさが目立つ作品だなと感じてしまいました。
視点の置き方自体は、面白いなと思わせてくれる内容だと思いますし、山崎作品随一のダイナミズムも堪能できる作品だとは思いますが…という感じだと思います。
興味がある方はぜひ。
せーじ

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