小松屋たから

ラストレターの小松屋たからのレビュー・感想・評価

ラストレター(2020年製作の映画)
4.2
結構、泣かされた…
紡ぎ出される一つ一つの言葉が美しい。出演するすべてのキャラクターが、不器用ながら、与えられた場所で懸命に生きていることが伝わってくるので、一見悪役の豊川悦司の言葉でも素直に頷けた。あのシーンのお芝居は豊川さんが圧勝。

一人の女性の死が数十年ぶりの再会と奇跡を生み出していくのだが、その偶然が不自然ながら静謐に積み重ねられていくので、娘たちの一人二役も違和感はあまり無かった。何より「言葉」というもへの信頼によって紐解かれていく過去と現代の絡みが切なくも愛おしい。

多くの海外の映画が格差や不寛容への抵抗、ポリティカルコレクトネスをストーリーテリングより前面に押し出してくる現代において、それらから一線を画した無垢な物語を丹念に描き続ける監督の美意識には、ある種の意地を感じる。でもこれは岩井監督だからこそ可能な極上の技であって、同じようなアプローチで他の日本の監督が作品づくりに挑んだら時代遅れの「ガラパゴス」映画になるだろう。実際、最近の大型公開の邦画でも似たテイストを目指してうまくいっていないな、と感じる作品はあった。

本作はかなり商業的に寄せてきているし、珍しい男性目線だとは思うけれど、それでも一昔前の単館映画全盛期と言えるような時代に、どこかのミニシアターで、同じく松たか子さん主演の「四月物語」を観た時と同じ感覚を思い出した。岩井監督の映画はいつまでも岩井監督作品。変わらなさが豊かさにつながる稀有な作家だと思う。映像へのロマンティックな憧憬をずっと持ち続けている人なのではないだろうか。

岩井俊二という監督さんにはこれからも「岩井俊二」でいて欲しい。「甘い」「優しすぎる」「現実から目を逸らしている」という批判もあるだろうが、だからこそ唯一無二の存在だと思う。

大きな事件も無く、でも、「手紙」「文章」をキーワードにそれぞれの人間の背景や命への向き合い方をきちんと伝え、感動を生む。これぞ、観たかった邦画だと思った。