小松屋たから

明日に向かって笑え!の小松屋たからのレビュー・感想・評価

明日に向かって笑え!(2019年製作の映画)
3.6
邦題は、もちろん、あの名作をもじった訳だが、元ネタような自分のアイデンティティを求めながら社会に反抗しつつ新たな自由を求めてあがく若者とは異なり、不器用な市井の人間たちがそれぞれの決して見栄えの良くない生きざまを赤裸々にさらけ出しながら日常をわずかでも良い方向に変えようとする、でも、どこかのんきで陽気な姿を描いた秀作。「オーシャンズ11」! と宣伝文句では書かれていたが、邦題と合わせて、それでは、映画の良さを正しくは捉えていないかもしれない。

本作は、実話ではないとのことだが、フィクション映画というよりは、リアルな生の人間の息遣いを存分に映し出した「再現ドラマ」のようであった。おそらくは、これと同じような事例が当時のアルゼンチンでは珍しいことでは無かったからだろう。もしかしたら今も状況は変わらないのかもしれない。

コロナ禍になって、世界を旅することが簡単でなくなった今だからこそ、もっともっと、自分にとって未踏の地を舞台にした作品を見たくなる。時代設定は何十年前ではありながら、行ったことの無いアルゼンチンの農村の様子、住む人々を身近に感じられたことが、何より新たな感覚をもたらしてくれた。

どんなプロジェクトにも作戦にもリーダーが必要で、それが、本作ではアルゼンチンらしく元サッカー選手、しかも、その過去の栄光を象徴するモニュメントがありながら、いつも埃を被ったまま放置されている、というのが、彼らは人生は儚いものと割り切り、瞬間的な祝祭をとことん楽しむ人々であることを教えてくれるようだ。

「悪」の象徴となる弁護士が、他人を信じられない性格、かつ、社会情勢の不安定を怖れてか、ほぼ単身(+セキュリティ機器)で主人公グループに立ち向かうことになるので、闘いとしてはあまり「フェア」ではなく、正直ちょっとかわいそうな感じもして、爽快感を素直に得られることは無かったが、それはそれで、埃を被ったモニュメントと同じく、一人の人の栄光の期間の短さと、孤独で生き抜くことの難しさを現わしているようで、作品全体になんともいえないペーソスをもたらしていた。