小松屋たから

キネマの神様の小松屋たからのレビュー・感想・評価

キネマの神様(2021年製作の映画)
3.5
松竹映画の100周年記念作品で山田洋次監督。

ある意味、それがすべての答えなのかもしれない。
誰も悪い人が出て来ず、みんな優しい。
現代的とは言い難いファンタジーだが、これこそが、「らしさ」なのだろう。だから「記念映画」という重責はまっとうしているし、これぞ日本映画の本流、ということなのだと思う。

その点は重々承知の上で、また、映画界を支えてきた巨匠に対して恐縮なことながら、まあ、あくまで一人のお客さんとしての物足りなさは記しておきたい。

最大の難点はゴウの映画愛が伝わってこないところ。彼がそれほど映画を愛していたのなら、一度の失敗で、なぜ、簡単に逃げ出したのか。撮影所の閉鎖性、保守性が背景にあったとするなら、新たな芸術とベテランスタッフとの衝突などをもっと深く描かなくてはならないのではないか。

また、淑子が彼に好意を持つポイントがわからない。ゴウがもっと破滅的な天才であれば、ある種のデカダンスへの憧れとして理解できるが、そこまでの狂った感じは無い。若さゆえの自信過剰はあり得ることだが、もし、本当に映画への愛、才能があるのであれば、それを撮影所を離れてでも何かの形にするべきだった。そんなことができない男の数十年前の未完の作品を素人が簡単にリメイクして評価されるほど、映画界、脚本界に進歩は無かったのだろうか。

淑子のキャラクターもぶれている。若い頃、あれほどの強い意志を持ってゴウを追った彼女が、今、なぜ、ここまで夫にひたすら従順な妻になってしまっているのか。空白期間に相当な苦労があったということなのかもしれないが、「自分がいないと彼はダメになる」と宣言した時の凛々しさが、これではこちらも、あれはただの若気の至り、夫の放埓さをどうにも立て直せず、自立もできず、という女性になってしまっているので、さすがにそれは昭和の家族観ではないかと感じざるを得なかった。

ただ、これはあくまで松竹映画の100周年記念作品。だから、無理に現代視点を持ち込む必要は無いし、松竹という素晴らしいエンタメの歴史を築いてきた会社が長い年月、紆余曲折を経て培ってきたカラーの集大成と考えれば、絶対的に尊重されるべき作品なのだと思う。