小松屋たから

83歳のやさしいスパイの小松屋たからのレビュー・感想・評価

83歳のやさしいスパイ(2020年製作の映画)
3.3
主人公の最後のセリフがすべて。近親者を同様の施設に入居させていた経験のある自分にとっては、身につまされるエピソードの連続だった。

第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネート作品。けれども、「ドキュメンタリー」というくくりには違和感を覚える不思議な構成。出演者たちは、本当に施設で暮らす老人たちや職員。しかし、何らかの映画撮影が行われていることは以前から知っている。その中で後から入居してくる主人公・セルヒオの役割は、施設内で行われている悪意の調査であり、本人はもちろんそのことを自覚しているので、立ち居振る舞いや服装が役者的。ただ、それゆえなのか、人格ゆえなのか、彼はいつの間にか、入居者たちの「良き話し相手」になり、探偵としては失格気味ながら、その存在によって物語の核やテーマを浮き彫りにしていく。

しかし、真に「ドキュメンタリー」であるならば、実際にセルヒオが冷酷かつ優秀な探偵で、平穏な施設に無用な不安と混乱をもたらすだけの余計な不正を次々に暴いていってしまう怖れもあったわけで、正直、かなり作為的な感じがしなくもない。そうではなく、本当に結果的にこのような映画になった、というのであれば、人間の根源的な善意を信じることができる素敵な作品と言える。

でも、今は帰る場所のあるセルヒオは、残された老人たちより幸せに見えるが、果たしてどうだろう。最後のセリフは、遠くない将来の自身の境遇を予感してのものと考えれば、実はひどく残酷な結末なのかもしれない。優しい家族も彼が動けなくなってきた時に変わらない態度で接してくれるだろうか。家にいながらにして感じる孤独は、施設で感じるそれより、もっと辛いものかもしれない。

だから、本作はドキュメンタリー映画の導入部分で、セルヒオの真実の物語は、きっと、これから始まるのだ。そう考えることにしたら、色々腑に落ちてきた。