もものけ

PITY ある不幸な男のもものけのネタバレレビュー・内容・結末

PITY ある不幸な男(2018年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

小綺麗な家に住み10代の利発そうな息子と二人暮らしの弁護士は、礼儀正しい人柄で周りに慕われているが、彼の妻は不慮の事故から昏睡状態にあって危篤。
周りの人々は、不幸な男を憐れんで親身に接しているが、あるキッカケから立場が代わってしまう弁護士は、次第に狂気に取り憑かれてゆくのだった…。





感想。
哀しげなタイトルなのにポスターの異変に気づいたでしょうか?
中年の生真面目そうな「ある不幸な男」の目の部分が目線隠しのように破られております。
タイトルから家族に訪れた悲劇に耐えきれない男の悲しい悲しい物語を想像してしまいましたが、冒頭からブラックジョークかのようなシュールな描写の連続で、欧州映画に多いスタティックショットを用いて、場面場面ごとを淡々と写し出しているのですが、なぜか滑稽に見えてしまいます。

そうなんです、周りの人々の困惑した同情心が表しているように、この「ある不幸な男」とは精神疾患である"ミュンヒハウゼン症候群"を患っている精神病患者であります。
これをスリラー作品として怖く表現するのではなく、まるでメロドラマのように写し出しながら、淡々とシュールなブラックジョークを交えて、"笑ってはいけない〜"を見せられているかのように、ジワジワとお腹に攻撃してゆく悪趣味な作品でもあります。

不幸さをこれ見よがしに主張して、悲劇のヒロインとして周りから同情心を浴びる、まるで真っ暗のステージにスポットライトを浴びて演じている役者のように振る舞うイタイ男。
クリーニングの必要すらない新品のスーツを持ち込み、父親を訪ねて辛さを語り、昏睡状態の妻をこれ見よがしに見舞い、毎日ベットで泣き伏して夜を明かすのに、他人の悲劇的事件を調査する弁護士としては、事件現場でかかっていた"騒々しい音楽"を掛けながら、秘書に大声で叫ばせてみたりする無感情な人間にも見える不気味さが、逆に笑いをそそり耐えられなくなりました(笑)

最後まで歌うとは思わなかった亡き妻へのレクイエム(鎮魂歌)が、妙に民族的な音楽で微妙に上手いのが笑いそうになります。
演出がいちいちシュール過ぎて笑いのツボを刺激してゆきます。

妻が危篤なのに趣味に興じて人生を謳歌していると訃報の電話。
モーツアルトのレクイエムが流れ、妻の死を目の当たりにした「ある不幸な男」の背中をロングショットで写し出しておきながら、場面転換すると呑気に寝室で朝を迎える妻がおります。
一瞬頭の中が混乱してしまい、親身にしていた看護師と共に夜を明かしたのかと思えば、何事もなかったように回復した妻が、周りの注目の中心で語り始め、不満気な表情でそれを見つめる「ある不幸な男」。
ある意味怖いです、この病気を知っていると。

面白いのは妻に訪れた不幸な出来事では生き生きとしていた弁護士は、回復した妻が家に戻ると病気になってしまったかのようにシュンとなってしまっております。
ここがこの病気の恐ろしい所で、世界が自分を中心に周っていないといけない為に、他人への感情が全く理解できない脳の機能障害であります。
その為に、悲劇のヒロインにならなくてはいけない環境を自ら作り上げる為に、他人を平気で傷付ける異常性が現れてゆきます。
これを感情が全く見えない表情で演じるヤニス・ドラコプロスの演技力が、より異常性を強調してゆきます。

ピアノの才能を見いだされた息子が、音のズレたピアノで弾く練習曲が、まるでトンチンカンな感性を持った「ある不幸な男」を表しているメタファーに見えます。

妻のことを聞いて欲しくてたまらない「ある不幸な男」が、クリーニング屋で寡黙な男を演じて「奥さんは、どうですか?」と声を掛けられることをひたすら待ち続けるシーンが、笑いをそそります。
でも次のクリーニング用のスーツは持ってこないんですね。
イタイ男が全開でぶっ飛ばすキャラクターのシュールさがたまりません。

もどかしくてたまらない感情と葛藤する「ある不幸な男」は、次第に行動がエスカレートしてゆき、狂気さが暴走を始めますが、日常生活に溶け込んだ描写で表現する為に、地味な展開ではありますが逆に効果的です。
犬のクッキーとワンショットで船に乗っているシュールさには笑いましたが、海のど真ん中へクッキーを置き去りにしたシーンはシュールさを飛び越えてドン引きしてしまいます。

愛玩動物では同情心をひけないことでフラストレーションが溜まりに溜まった「ある不幸な男」は、いよいよ家族をターゲットにする事に気が付きます。
それは父親を殺された担当する事件の家族からヒントを得ているという病的さ。

やっと泣ける事ができたように見えますが、最初から最後まで泣くことすら演じていて感情が欠落している表現に見えます。

唯一、感情が表現されたシーンで流れるオペラの曲のような荘厳さが、病的な男の聡明な思いつきを表しているようで狂気。

ラストシーンに犬のクッキーが無事生還してきた場面に、違った笑みが溢れてしまい、終始シュールさ一貫して描いた狂気に、4点を付けさせていただきました!

犬の事が作品で一番心配だった私も、感情が欠落した精神病患者なのではと、改めて恐怖を感じる作品でございました。
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