なべ

ミッドサマーのなべのレビュー・感想・評価

ミッドサマー(2019年製作の映画)
5.0
 海外では公開も終わり、円盤もリリースされているのに、日本での公開は2月というアリ・アスターの新作。2月まで待ってたら、観る前に全容を知ってしまいそうで、国内最速上映のファンタスティック映画祭の土曜オールナイト枠で観てきた。

 いや、これはまいった。ヘレディタリーのあの重厚で緻密な構成──いわゆる問題を抱えた主人公が儀式を経て変容するというスタイル──はそのままに、アリ・アスターの新しいアプローチを存分に味わえた。
 依存体質ながら尊重されないことに不安や不満を抱えている不安定な女子大生ダニーが、恋人の仲間たちと、スウェーデンのとある村の夏至祭に参加する話。

 到着した村は白夜で常に明るく、牧歌的でフォークロアないい雰囲気。オープニングに出てくる絵が物語の大まかな筋だし、村を案内される時に、古くから伝わる愛の物語がテキスタイルに描かれていて、これから誰かの身に起こる出来事の目次になっているのが笑える。そう、最初にネタバレをやっちゃってるの。だから観ていて、こうなったら嫌だなと思うことがそのまま起こるw しかし、それがつまらなくならないのがアリ・アスターなのだ。
 ストーリーが最初に提示されて何がおもしろいのかと思うでしょ? 味わうのはそこじゃなくて、「心地」なのよ。美しい風景の中で起こるグロテスクな行事。やさしいムードの中の不快。そういったあべこべな心地にこちらの気持ちが撹乱されるのね。ストーリーを追わないで済むから、この居心地の悪さを存分に味わえるって仕掛け。ほら、コース料理って何が出てくるかあらかじめわかってるじゃない。それでも出てくる料理に舌鼓を打つし、美味しさが予想を超えてきたら大きな感動が得られるでしょ。あの感じ。
 ミッドサマーで出されるメニューは「すごく美味しそうな見た目なのに、食べたらゲロ吐くくらいまずい」って料理ばかり。これが一番ランクの高いフルコースで賞味できる。お腹いっぱいなのにまだ出て来るからw しかも慣れてくると実はかなり美味いのだとわかってくる。
 最終的に天涯孤独のダニーが手に入れるものが自分を全肯定してくれるカルト(彼らに言わせりゃキリスト教徒こそ新興カルトなんだろうけど)の家族ってところがこれまた心地悪い(心地いい!)。
 エンドロールでかかる懐メロはフランキーヴァリの「太陽はもう輝かない」。アリ・アスターはヘレディタリーに引き続き、また名曲にトラウマを埋め込みやがったw

 この心地悪さはクセになる。何度も繰り返し観たくなる中毒性がある。牧歌的風景と親和性の高いアシッドな描写がちょっとしたトリップを誘発しているせいかもしれない。
 ちなみにこの作品、ホラーだと思って観ると裏切られる。ヘレディタリーもそうだが、通常のホラー枠ではなくて、厭映画(命名は自分)というホラーに近い新ジャンルなので、ゆめゆめホラーとして鑑賞されることのなきよう。

 あえて言おう、これは22世紀まで語り継がれるとんでもない真のカルト映画だと(カルトを描いた作品という意味じゃなくて、好事家が偏愛する伝説的作品という意味ね)。

 ファンタスティック映画祭で上映されたミッドサマーは映倫審査前のもの。よって局部のボカシがなく、ポコチン丸出しの状態でそこはストレスフリーで見ることができた。別に見えてて何がどうなるもんじゃなし、むしろぼかしてる方が気が散ってイラつくので、実に良いものを最速で観られたなと大満足。これは手元に置いておきたいと思って、スチールブック仕様のBlu-rayを探したんだけど、見つからず。出してくれないかなあ。
(国内盤で超弩級の特別限定版が出ました。もちろん予約して買いましたとも!)

 そうそう、ダニーの泣き顔ピンバッジがA24のサイトで買えるよ。
https://shop.a24films.com/collections/all-products/products/flo-scream-pin
今まで日本に配送してくれなかったのが買えるようになった(手数料高いけど)。トニコレットの悲鳴ピンバッジと合わせて買っておこう!

追記
 ロードショー公開初日に再鑑賞。ストーリーを追わなくていい分、心ゆくまでホルガの世界を堪能(トリップ)できた。
 初見時は邪悪さや不穏を感じた異文化やショッキングな儀式も、2回目には心地よさすら感じるほどに変容。血なまぐさいシーンでさえ美しいと感じてしまった。それどころか古からの神聖な儀式に罵詈雑言を浴びせかけるサイモンの傲慢さに不快を感じる始末。ホルガの大いなる癒しと全力の肯定に身をまかせて、幸せな気持ちでいっぱい。
 嫌悪が反転して愛着に変わるのを実感したところで、ミッドサマーが一分の隙もない巧妙な映画だとよくわかった。また観たい。今すぐ観に行きたい。そしてにこやかに両手をひらひらさせたい。嫌悪と愛着の間を漂いながら、一生見続けていたいと思った。いやマジで。

さらに追記
 3度観ると確信するんだけど、ミッドサマーは360°隙がない完璧な作品だ。Twitter等で指摘されているような齟齬は発信者が注意深く観てないだけの言いがかりに過ぎない。そういう頭の悪いうっかり者がマークであり、ジョッシュであり、サイモンやコニーなんだと気づいて欲しいけど、バカだから気づけないんだよな。
 異なる価値観を許容できない人間は、偏狭な思考の枠の中でしか理解しようとしないから、大事なものを見逃し、自分の傲慢さにも気づかないと、これまた映画の主題に自分が絡めとられているという構造も見逃していてほんと気の毒。発言する前に本当にそうなのかと自らの考えに疑問を持つというクセをつけないと、一生バカのままなのに。
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