カツマ

ペイン・アンド・グローリーのカツマのレビュー・感想・評価

4.3
記憶の底に未来へのパズルのピースは埋まっていた。バラバラになったそれらを繋ぎ合わせ、完成した一枚の絵。そこにあったのは精神の解放と人生の次なるページ。パラパラとめくる手はもう止まることはないだろう。彼は生きていくためのヒントを探し、そっと傷跡に触ってみせた。そう、まるで自らの人生そのものを俯瞰するかのように。

スペインの名匠ペドロ・アルモドバル監督の最新作は、監督自身の半自伝的な作品として世に出された。主人公はいまだに名作を生み出す余力を残しながらも、人生に区切りをつけようともがき苦しむ世界的な映画監督。アルモドバル自身を投影したこのキャラクターを演じたのは、アルモドバル作品の常連俳優として長年タッグを組んできたアントニオ・バンデラス。正に円熟期を迎えた監督と主演の二人が手を携えながら、偉大な映画人の人生を総括するかのような美しい絵が描き上がっている。歳を経て、渋みを増したバンデラスの演技は圧倒的。これぞ長年苦楽を共にしてきた映画人たちが生み出す、吸いも甘いも染み込んだ人生のドラマだ。

〜あらすじ〜

スペイン、マドリードに住む世界的な映画監督サルバドールは、歳を重ね、母を亡くし、そして自身も脊椎の痛みや数多くの身体の不調により、生きる気力を無くしかけていた。ライフワークのように物語を残してはいるも、それを発表するつもりもなく、彼の新作は世に出ることのないまま無為に時間だけが過ぎていた。
そこへ彼が32年前に発表した作品がシネマテークに登録されることが決まり、復刻上映されることとなった。当時、主演俳優のアルベルトと確執のあったサルバドールは、上映後のQ&Aでのゲスト出演に懐疑的であったが、アルベルトとの和解を機に再び表舞台に上がる準備を進めていく。だが、アルベルトの家でヘロインに手を出したことで、サルバドールは脊椎の痛みをヘロインで薄めることを覚えてしまう。ドラッグで朦朧とする意識の中、彼の憧憬は母と暮らした少年時代へと帰っていった・・。

〜見どころと感想〜

まるでアルモドバル自身がその人生を振り返り、総括し、そしてまた進んでいくかのような、終わってみれば巨大なエネルギーと創作欲に満ちた作品だった。過去から現れる大切な人々との葛藤や想いを振り返るたび、サルバドールは生きていくための活力を獲得し、そしてアーティストとしての彼本来の姿を取り戻していく。ペイン・アンド・グローリーとは正にタイトル通りであり、彼の人生の傷跡を癒していくことで、円熟期に突入した人生の最終コーナーを豪快にドリフトしていくような作品だった。

主演のアントニオ・バンデラスもアルモドバルと同様に長いキャリアを経て、その頂へと辿り着いたかのような静かなる熱演。ついに今作でオスカーにノミネートするなど、かつてハリウッドでラテン型のアクション俳優として活躍した日々が懐かしいほどの円熟ぶりを見せている。そして同じくアルモドバル作品の常連、ペネロペ・クルスが過去パートを美麗に彩るなど、監督のミューズである男女看板俳優の揃い踏みはあまりに壮観だ。

今作は静かな映画だ。だが、情熱的でどうしようもなく生命力に満ちている映画でもある。アルモドバルは最近は若い才能の発掘に余念がなく、製作にまわることも多いが、そんな彼がひとたび自身の常連俳優を集めメガホンを取れば、こんなにも分厚い人間ドラマが完成してしまう。この映画は人生を描いていて、そして、何よりも生きるための活力を、これからも素晴らしい映画を撮り続けていく、というアルモドバル自身の宣言のような作品でもあった。

〜あとがき〜

『トーク・トゥ・ハー』『オール・アバウト・マイ・マザー』など、アルモドバル作品に名作は数多いですが、今作もそのカタログに名を連ねるのは間違いなさそうですね。70歳も手前に差し掛かった彼が放つ人生の賛歌。それは過剰なまでに痛々しくも、素晴らしいほどに清々しかった。
それを可能にしたのはやはりアントニオ・バンデラスの演技力に尽きますね。こんなに渋みのある俳優へと脱皮していたなんて、『マスク・オブ・ゾロ』の頃とは別人のような深みを湛えています。

まだまだアルモドバルの創作意欲は尽きることはなく燃え続けていくのでしょう。ヨーロッパ映画らしい淡々とした描写も含めて、個人的にとても好みの作品でした。
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