銀色のファクシミリ

見えない目撃者の銀色のファクシミリのネタバレレビュー・内容・結末

見えない目撃者(2019年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

『#見えない目撃者』(2019/日)
劇場にて。ナイスブラッシュアップ! 原作映画の良き要素は変えずに、今の日本での物語への見事な置換、また主人公達のある「気持ち」を浮かび上がらせたのも良きでした。原作より17分長いのに、むしろ短く感じた構成力も素晴らしいサスペンススリラーの秀作。

原作の韓国映画『ブラインド』は2011年公開、日本では2014年公開。ネタバレではないので書きますが『見えない目撃者』は主人公の人物設定と大きな流れ以外の物語はかなり改変されています。なにせ犯人まで変わっているくらい。

『見えない目撃者』の特筆すべき特長は、まず構成力。原作より17分長いのですが、単に追加シーンがある、というものではなく、短く出来る部分と長くして強調すべき部分を明確に描き分けているところ。主人公が失明に至り、心に大きな傷を受ける過去編は、アバンタイトルで済ませてしまうテンポの良さ。

より現在編で凶悪事件と、そして長く失意に沈んでいた自身と向き合う物語を強調しています。
原作より事件との関りを浅くしているにも関わらず、むしろ有り得る状況だという必然性を増し、さらに主人公の事件への関与を積極的な意志によるもの、彼女の能動的な戦いなんだというのも良きでした。

また詳しくは触れられないのですが、原作の偶然性が高すぎる荒さや、荒さゆえの空白を、有り得る必然に丁寧に埋めていく改変とブラッシュアップも見事。物語への没入も助けています。そして盲目の主人公の「知覚のビジュアライズ」で示す彼女の明敏さとそこから生まれるスリルも注目点。

ポスターのコピー「絶対に、取り戻す」にあるとおり、彼女の取り戻そうとしているものを求める果敢な行動が、関わる人々にも「自分が見えなくなっていたもの」を気づかせ、それが事件捜査を進展させ犯人を追い詰めていくという展開も熱く。主演・吉岡里帆の代表作になったと思います。感想オシマイ。
(2019年9月21日感想)

『#見えない目撃者』二回目鑑賞後のネタバレ感想。
徹底的に作りこまれた主人公像が描かれ続ける二時間と、意外な場面で行われていた心情吐露。そこで語られた事と結ばれる場面こそが、この映画のクライマックス。

二回目の鑑賞で感じたのは、精緻に作りこまれた主人公像でした。

まず第一に、主人公のビジュアル。事故で失明し、生き方も変わってしまった。彼女の服装はいつも厚手のコートで、首元もマフラーで覆い肌の露出を最小限度に抑えている。これは彼女が外部に対しての防御、守りの姿勢をとっているという心境の表れ。そして映画的には主人公にセクシャルを感じさせない工夫に見えました。体のラインで女性らしさを感じさせるのは、この作品では無用のこと。この物語の時節が、とりたてて理由もなく、秋から初冬くらいなのは、主人公の服装のためかと思えるくらい。

第二に、盲目の主人公であることを活かした凛々しさの表現。彼女は状況を把握するために、顔や頭を動かさない。追われている時も振り返らず、ひたすら前を向いている。もちろんそこに焦りはあるけれど、むやみに顔や頭を動かさないことが、彼女の内なる「怯え」を消している。危機に臨んでも前を向く立ち姿には一種の凛々しさがあり、ひたすら目的に向かって進み続ける主人公の気持ちを体現しているようなのも良かったと思います。

そして第三に、言葉ではなく行動で積み重ねて描く主人公像。彼女は危機的な状況に会い続けるのに、一度も「恐怖の悲鳴」を上げないのです。また韓国オリジナルとは異なり、直接的に事件に関わるわけではないのに「助けを求める声を聴いた」という一点のみで、事件捜査に能動的かつ積極的に関わる。時間が惜しいと分かっていても、それでも家人の許可なく部屋に入るのを拒む。ぞんざいに扱われた聞き込み先でも礼を云って去る。なぜか。それは彼女が(退職したとはいえ)警察官だから、という人物像が浮かびます。

アバンタイトルの警察学校の卒業式、(おそらく)首席卒業の彼女は答辞を読み上げるのですが、そこで「多くの困難に会おうと、困っている人を助ける」と述べるのですよね。答辞は卒業式の儀礼の一部に過ぎませんが、同時に彼女の心情吐露。自分はこういう人間である、こういう人間でありたいと披露している場面になっています。

彼女が事件捜査がしたいために首を突っ込んでいるわけではなく、人助けのためであることを示すエピソードもさりげなく。情報提供をしてくれた家出状態の女子高生を自分の家に誘うシーン。大丈夫という返事を聞いても「ご飯だけでも食べに来て」と、安心させる笑顔を向けて、さらに誘うのですよね。これは主人公の行動の第一義は「無私の人助け」にあることを示す重要な場面です。

警察官になり「自己犠牲も厭わない、利他的な人間」になれると思った矢先に、ささいな過失から重大な事故を起こし、弟と視力を失った主人公。仕事を失い、弟の死にも向き合えず、立ち直る気力すら失ってしまった彼女を、ついに動かしたのは「助けを求める声」だった。もうアリステア・マクリーンかデズモンド・バクリイか、はたまた志水辰夫の冒険小説の、失意の底から立ち上がる主人公たちのようで。オリジナルにもある要素ですが、より強調した形のブラッシュアップは最高だと思えました。

最後の対決。拳銃があること、少し前に投げをうったシーンから思い起こされる警察学校の訓練、弟の形見を廊下に置いたこと、そして両足を肩幅に広げて立つスタンス。彼女の決意が読み取れて、少し涙が出たシーンでした。この対決はあっさり終わった印象が残りましたが、この後の救急車のシーンこそが真のクライマックスだと気づいて、淡白さにも納得。助けた少女に笑顔を向け、包帯が巻かれた手で少女の手を握る。彼女が卒業式の答辞で述べた「多くの困難に会おうと、困っている人を助ける」。そうでありたい自分であれたのだ、というシーンの感慨深さ。本当に良い映画。

またこの主人公役の、生真面目な印象を受ける吉岡里帆さんはとても親和性がありました。その生真面目さが必死さもただよう凛々しさになったと思います。また美人であることが斟酌されない物語ですが、「カワイイから写真を撮りたい」と云われた時に、謙遜することなく髪型を整えて笑顔をつくる場面の、そのまんざらでもない笑顔が本当にカワイイのも、生真面目一辺倒でない主人公像を描けたのだと思えます。

作りこまれた役柄を親和性の高い俳優さんが演じて、キャリアベストを更新するようなハマりぶり、映画自体の出来も良く、吉岡里帆さんの代表作になったと思います。感想オシマイ。
(2019年9月26日感想)

#2019年下半期ベスト映画・ベスト予告編
『#見えない目撃者』
韓国の原作と同じ要素と、この作品ならではのオリジナル要素を同時に見せて、原作鑑賞済でも未鑑賞でも興味を持たせてくれる良い予告編。むしろ原作鑑賞済みのほうが興味を持てる予告編じゃないかな。

#2019年下半期映画ベスト・ベスト主演俳優
#2019年映画部門別賞
・吉岡里帆/『見えない目撃者』
事故で家族と視力、そして立ち直る気力すら失ってしまった警察官。そんな彼女がふたたび走り出したのは、助けを呼ぶ誰かの声を聞いたからだった。2019年の邦画で一番格好いい主人公。
視線の定まらなさはもちろんとして、発砲の瞬間でも目を瞑らない徹底した演技プラン、「困っている人をなにがあっても助ける」と宣誓したとおりの警察官な自分らしさを持つ人物造形。邦画でR15指定で、吉岡里帆が、こんなに熱い冒険小説然とした主人公を魅せてくれるとは。感謝しかありません。
(2019年12月31日感想)

#2019年下半期映画ベスト10
・『#見えない目撃者』
原作の良き部分を背骨として残し、冒険小説的なスリラーとして昇華させた、2019年最高のブラッシュアップ作品。最後の暗闇で無音の対決が、映画館と地続きになったような一体感がありました。
(2019年12月31日感想)