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レ・ミゼラブルのumisodachiのレビュー・感想・評価

レ・ミゼラブル(2019年製作の映画)
4.5
『レ・ミゼラブル』の舞台であり、現在は犯罪多発地域になっているパリ郊外のモンフェルメイユで起きた出来事を描いた作品。ちなみに、ミュージカルではない。

モンフェルメイユの警察署に異動してきたステファンは、粗暴なベテラン刑事クリスとアフリカ系移民2世であるグワダのいる犯罪防止犯に入ることになった。早速パトロールに出かけてみると、街にはアフリカ系移民を束ねる市長グループ、イスラム教徒たちのグループ、麻薬ディーラーグループなどが乱立し、微妙な均衡を保っていることが分かってくる。犯罪防止犯は高圧的な態度で町の人々を押さえ込めてはいるようだが、強引な捜査や乱暴なやり口のせいで皆から嫌われているみたいだ。

そんな中、移動民族であるロマ族がのサーカスからライオンの子どもが盗まれるという事件が起きた。ロマたちは怒り狂って市長に詰め寄り、一触即発の雰囲気に。ステファンたちが駆けつけて何とかその場は収まったものの、子ライオンを見つけないと大変なことになってしまう。SNSを巡回した結果、アフリカ系の不良少年イッサが子ライオンを盗んだことを突き止めるが、イッサを拘束しようとしたところ子どもたちの反撃に合い、グワダは思わずイッサにゴム弾を発砲してしまう。しかも、他の子どもがドローンで空撮していたことが判明。イッサを病院へ連れて行こうと主張するステファンを無視して、クリスは動画を取り戻そうと必死になり……。

映画はフランス代表がワールドカップで優勝した日から始まる。パリ中心部で人種も階級も関係なく歓喜する人々の群れ。希望に満ち溢れた映像だが、次に映し出されるモンフェルメイユの光景との落差に愕然とした。薄汚れた団地と、荒廃した町並み。苦しい現実にもがく出所者。警察署に到着するまでは「チンピラかな?」としか思えなかったクリスとグワダ。品のない会話、上司のあからさまなグワダへのセクハラ……「憧れのパリ」とはあまりにもかけ離れた世界に衝撃を受ける人は少なくないだろう。でもこれは、間違いなく現実を反映しているものなのだ(監督はこの地区出身)。

悲惨な環境の中で、些細な出来事から事態は最悪の展開を見せていく。車でパトロールする間に町の相関図とパワーバランスをテンポよく見せていく演出は実にスマート。住人とのやり取りの中で、これまでクリスたちがどういう態度で町を取り締まってきたのかも無駄なく描いていく。

序盤でイッサは他の子どもたちに対して、アフリカで目撃した悲劇について語る。些細な物を盗んだだけで火をつけられて殺された人がいたというイッサの話を、他の子は信じない。「本当なんだ。盗んだだけで焼き殺されたんだ」と主張するイッサ。その後、ほんの出来心で子ライオンを盗んだイッサもまた、大きすぎる代償を払わされることになる。

本作に出てくる大人は、全員子どもをないがしろにしている。自分たちの縄張り、自分たちの立場、自分たちのメンツを守ることが第一で、その交渉の中に子どもたちは不在だ。しかもそれは、子どもを保護する対象として見ているからではない。子ライオンを盗んだのも、ドローンで撮影をしたのも子どもなのだが、大人たちにとっては子どもは「子ども」という記号でしかないのだ。ステファンとサラーだけが子どもを守ろうとしたものの、結局は大人たちの交渉を優先させて子どもの立場や気持ちをないがしろにしてしまう。「保護する」ことと、「利用はするが、人格としては無視する」こととは決定的に違う。結果、虐げ無視された子たちの怒りは最後に爆発してしまうのだ……。

最後に襲撃に出たイッサたちが抱いた怒りは人間としてもっともだ。イッサは虐げられ、ないがしろにされ、人格を否定され、嘘を強要され、謝罪されるどころか罵倒された。尊厳を深く傷つけられたとき、人は壊れてしまうのだろう。

本作を観て真っ先に思い出した作品が、『タロウのバカ』だ。『タロウのバカ』の中に私が見たのは、「子どもたちを正しく導いてあげられなかった大人の責任」だった(感想にも書いた)。本作でも全く同じことが語られているし、そのことはユゴーの言葉の引用でさらにハッキリ示されている。

冒頭のワールドカップ優勝に絡んで、エムバペの活躍が話題になっているシーンがある。エムバペもアフリカ系移民の2世で、移民が多い19地区出身。移民にしろ、子どもにしろ、普段は記号としかみなさず無視しているのに、都合のいいときにだけ利用したり仲間と見なしたりする人々の欺瞞。

もちろんその欺瞞の構造は、モンフェルメイユという地区そのものにも当てはまることだ。大人と子どもという対立だけではなく、そこにはあらゆる対立関係があり、クリスたちだって中央の特権階級から見てみればないがしろにされ、無視される存在にすぎないわけで。本作は、格差是正に本格的に乗り出すこともなく、移民たちを無視し続ける国への強烈な批判にもなっている。

そういえば、序盤でクリスたちがユゴーの『レ・ミゼラブル』を話題にするシーンがある。そこで出てくるキャラクターはガブローシュとコゼット。考えてみると、ガブローシュは(自らの意思とは言え)利用されるが守ってもらえなかった子どもであり、コゼットは大人によって翻弄された(しかも事情を知らされていなかった)子どもだったな。いつだって、一番の犠牲者は子どもなのだ。
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