カツマ

犬王のカツマのレビュー・感想・評価

犬王(2021年製作の映画)
4.2
歴史の狭間に消えた舞い。例え、どんなにその者が稀有な音を立てたとしても、後世に残らなければ知る由はない。だとしたら、今生に蘇らせてしまえばいいではないか。その者の名は犬王。まさに王のように舞い、獣のように獰猛に、どうしようもなく人民たちを惹きつける。記されぬ歴史は奇想天外な物語として復活し、今の世の人民たちを魅了する。

今作は平家物語に記述のある、南北朝時代から室町時代の頃に人気を博したという謎の能楽師、犬王にスポットライトを当てたアニメーション映画である。監督には『夜も短し歩けよ乙女』などの湯浅政明。犬王の作品は後世に一つも残っていないため、その全容の一欠片を想像して、大きく増幅させたような内容となっている。時代劇に異端のミュージカルをトッピング、現代風のサウンドトラックと合わせて、ジャンルを拒むような面妖さが画面狭しと迸るような作品だった。

〜あらすじ〜

室町時代。能楽に取り憑かれた男のもとに生まれた呪われた子、犬王。彼は異形の子として生まれ、顔は常に瓢箪のお面で覆われていた。
一方、平家の呪いで視界を失った青年、友魚(ともな)は、亡き父の無念を胸に、三種の神器と父を殺した者共を探し求めていた。その旅の途中で琵琶法師と出会った友魚は、自身も琵琶法師となり、友一という新しい名前を得た。
亡霊と会話ができる非凡な踊り手、犬王。琵琶法師として新たな一歩を進み始めた友魚。二人は出会い、全く新しい平家の物語を伝承すべく能楽の道へと飛び出した。友魚の琵琶を含めたバンド演奏、犬王の奇妙で展開を読ませない舞いが合体し、二人はいつしか室町の京都で大きすぎる人気を獲得していた。人民は歌い踊り、狂想し、犬王というスターを崇拝した。だが、そんな犬王たちを快く思わない輩たちの暗躍が少しずつ迫ってきていて・・。

〜見どころと感想〜

奇妙奇天烈なミュージカルアニメーションの始まり始まり。中盤までは犬王と友魚の物語をそれぞれに描き、それ以降はぶっ飛んだ演出方法で、室町の京都を一躍ライブ会場へと変貌させる。披露される曲は多くないがそれぞれがたっぷりと尺が取られており、個人的には『鯨』の演出が抜群に面白かった。室町時代にあるはずのないパフォーマンス、だけれども、創作なのだからそこは問うまい。犬王という圧倒的なカリスマがただその時代に生きていた、ということを妄想させるかのような舞いにただひたすらに陶酔したい。

犬王役には女王蜂のアヴちゃんというトリッキーなキャスティング。だが、これがハマりにハマりまくっており、ビジュアル系のような歌い回しが不思議と犬王の風貌ともマッチしていた。更に友魚役にはダンサーとしても活躍する森山未來を起用、アヴちゃんと森山のダブル主演の圧倒的な映えが今作を特異点へと引き上げている。他には足利義満役に柄本佑、友魚の父役に松重豊などを選別。それぞれに味があり、そこにプロの声優が入り混じり、リズミカルに物語の節を打っていた。

原作は2017年に書かれた古川日出男による小説『平家物語 犬王の巻』から取られ、キャラクター原案に松本大洋、音楽に大友良英、脚本には野木亜紀子など、様々な分野のトップクリエイターが集結した作品でもある。
同時代の世阿弥が数多くの作品を残し、能楽師のスターとして現代に伝わったのに対し、同程度?と伝えられた人気を誇った犬王の作品は完全に皆無。そこに現代風の描写を交え、実は史実も盛り込んであった、という離れ業に気付くのは見終わった後のことだった。『犬王』はかなり癖の強い作品、だからこそ、粘り着くような魅力があって、あのダークな世界観を追体験したくなってしまうのだった。

〜あとがき〜

東京国際映画祭で観るつもりがチケットが取れず泣く泣く諦めた『犬王』をようやく鑑賞!監督が湯浅さんということで予想はしていましたが、相当に灰汁の強い一本に仕上がっています。

室町時代という時代背景に、『犬王』に起きていた当時の現状をドッキング。それを奇想天外なフィクションへと還元したのが本作なのです。とにかく最初から最後までサイケデリックな作品なので、観る人は選ぶでしょうが、そんなところも含めて多くの人に『犬王』の名を堪能してほしい作品でした。
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