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マリッジ・ストーリーのAnima48のレビュー・感想・評価

マリッジ・ストーリー(2019年製作の映画)
4.0
“私がなんで怒っているか分かる?”と言われる事ってある。例えば自分にパートナーが居て相手を誰よりも一番よく知っていても、本当にその人が何を願って何を感じているかなんて知りようがない。そしてそんな言葉を問いかけられた時にはもう手遅れなんだ。

クリエイティブな夫婦チャーリーとニコールはお互いに長所や短所を認め合ってる。でもチャーリーは自分の作ったNYの世界に生きてて、そこにあてはめられたニコールも満足していると考えて、彼女にも夢が必要なことを感じ取れなかった。ニコールにはチャーリーに頼らずに自由に挑戦したいキャリアがあって欲求不満。NYのアパートは小ぢんまりとして家族の親密さは育めるけど、彼女には牢獄のような狭さに映ったのかもしれない。小さな不満が重なってそれがシャンパンの炭酸のように行き場のない捌け口を求める、そしてタイミングが来たらコルクを遠くに跳ね飛ばし相手も自分も泡まみれにしてしまう、別れ話って切り出された時点でもう終わりっていうところもある、2人は離婚を前にカウンセリングを受けるけれど、ニコールには長所を伝え合うやり方に茶番を感じたのだろう、激高している。それはこうなる前に自分の不満を分かってくれなかったチャーリーの鈍感さ・自己完結さへの怒りなのかもしれない。

NYに住み続けたいしヘンリーの親権も欲しい、すこし自分勝手で能天気に見えるチャーリー、そしてチャーリーはいつも後手に回っている。ニコールの真意をくみ取るのに遅れ、弁護士の手配も遅れる。彼には味方がいない、弁護士も途中で変えてしまう。ヘンリーもそれほどなついていない。作中ずっと常に孤独に見えて身内は劇団員だけのように見えた。思えばニコールの真意を測りかね戸惑いながらも、訴訟対応に追われるチャーリーの姿が話の殆どだった気がする。そしてまだ妻に髪を切ってもらったり、昼食のメニューを決めてもらったり、ひょっとして元に戻れると思ってたのかな?かつて愛し合っていた時間の残り香を愛おしんでいるようにも見えた。ニコールはそもそも離婚を仕掛けた側で常に先手を取る。LAに引っ越し、弁護士を手配し、葛藤はあるけれど他者のアドバイスやある種の演技指導を素直に受け取り実行していく。実家からのサポートや新しい撮影現場での仲間、そして弁護士のノーラと一緒にうまくやっていく。なによりもヘンリーに懐かれている。俳優なので弁護士の指示通りに、理想的な母親としての役割を意識して言葉を駆使する。仕事やヘンリーや新しいことに忙しくてチャーリーよりも寂しさに気づくのは遅れたように感じた。

当初夫婦は2人だけで話合って円満な別居を考えていた筈なのに、他人からの助言が弁護士の介入を招き、指示の下で駆け引きをする。それぞれのステップの苛烈さに二人の間にある気遣い・信頼・そして愛はちょっと無力で、当人たちの想いとは別に次第にエスカレートしていき、険悪な離婚闘争に進んでいく。カウンセリングは夫婦問題解決の援助手段だけれど、離婚訴訟は闘争で無情なビジネスとして成り立ち、弁護士達のブランドにもかかわる事態。夫婦が交渉の主導権を維持するには2人はナイーブすぎたのかもしれない。お互いが相手を恨む訳でも、慰謝料を奪おうとしてない、それにヘンリーにとっての最善の方法を探ることは二人とも一致しているのに却ってそれが夫婦をバラバラにしていく。ヘンリーはどう感じてるんだろう?

裁判では2人には離婚しようとする夫と妻という役割しか与えられない、当事者は舞台監督と役者なのに皮肉にも法廷劇では出番が与えられずに置き去り感が漂ってた。弁護士は訴訟マシーンで得点を競うがごとく相手の不備な点を列挙する。それは二人が思ってもみなかった些細な事、少しは不満に思っても過激な言葉で飾られるものでもなかった物事で、法廷では過去の思いやりのある何気ないやりとりも相手への中傷や印象操作の手段として醜くゆがめられる。こじつけのようなレトリック、いいがかりともいえる着眼点、規格外ともいえる要求、プロが報酬を得て仕事として相手に因縁をつけあげつらうことの凄まじさを感じた。少しでも有利に離婚を纏めるのが弁護士の仕事なので誠実とも言えるけど、あそこまで公衆の面前でお互いの恥部を暴露されるともう二人に帰る場所なんてないのかもしれない。お互いの過失やメリットデメリットを整理整頓して落とし所を探るための制度の筈が、まるでネズミを追い出すために家に火をつけるかのような大げさなイベントになって焦土しか残らない。・・あまり浮気は大きな争点にならないのが少し意外。

でも2人で話し合ったら上手くいくものでもないのがあの喧嘩。お互いが離婚を巡る状況に圧倒され押し流され、そこから抜け出る命綱も見当たらないそんな心境を分かち合えるのは、同じ境遇のパートナーだけで、淋しい呉越同舟。話し合いを始める筈が当初は言葉が出ず、最初は会話の糸口が掴めずにソファでたじろぎ、素直な心情の吐露がはじまり、お互いの弁護士への不満をへて、徐々にフラストレーション、敵意、そして嫌悪感が言葉にでてしまって、それは浮気・約束忘れ・お互いの家族にまで及ぶ水掛け論・泥仕合になる。涙目のニコールの言葉で行き場をなくしたチャーリー、子供の喧嘩のようなひどい言葉を吐いてしまう。それに我に返ってチャーリーが大きな体を持て余し気味に泣いてしまう。ニコールはそんなチャーリーに背中をさすってあげ、チャーリーはニコールの腰に縋る。そんな辛く惨めな場面でも、お互いへの変わらない慈しみ、気遣い、愛が感じられて切ない。感情任せに放ってしまった言葉にさえ、後悔や哀しみ・戸惑いに包まれている。台詞も素晴らしいけど、台詞の外で語られる物事が却って雄弁。震える口の端や人の話を聞く態度、事態を諦め消耗して立ち尽くすしかない姿とか。

ストーリーの中で2人が傷つけあったいきさつと愛し合ったわけの両方が語られるし、離別に至る流れの中でもお互いの絆を保とうとする。逆方向の心の動きがもつれ、絡まり、切れそうになるけれど形を変えて繋がり続ける様子、ソフトな色調と夫婦に寄り添ったカメラが時には長廻しも使って矛盾や相反する気持ちに翻弄される二人の姿を見せてくれる。離婚があっても人生は続く、続いてしまう。一緒に過ごした時間は遠くなる一方だけど別れても家族、形を変えても絆は切れないで続いていくそんな印象を受けた。

小さなヘンリーが見つけてくれた手紙、お互いが大切に思い支え合っていた日々が記されてる。ヘンリーが大きくなって両親の離婚が暗い影を落とした時、あの手紙を読んで欲しい、別に声を出さなくてもいいんだ。ひょっとして二人は新しい相手を見つけているかもしれない、上手くいってないかもしれない。けれど君は確かに愛し合った2人から産まれたし、2人は君の幸せを真剣に願った。だから幸せになってほしい。

・・さて、誰かまだ結婚したい人いるかな? 
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