カツマ

WAVES/ウェイブスのカツマのレビュー・感想・評価

WAVES/ウェイブス(2019年製作の映画)
4.3
悲しみを包み込むように抱き締める。泣き濡れて、もうどうしようもなく崩れ落ちそうになった時、その溢れ出す想いは終わりのない波のように満ちていく。音楽の上をたゆたう海。青と赤の中間を泳ぎながら、若者たちの人生は揺れ動く。愛する人に往かないでと叫ぶように、その苦しみの地平線を待っている。

A24製作。まだ30代に差し掛かったばかりの新鋭トレイ・エドワード・シュルツ監督が『イット・カムズ・アット・ナイト』に続いてメガホンを取ったのが本作だ。予告ではプレイリストムービーと銘打たれていたが、実際には豪華アーティストのサウンドを映像とリンクさせながら、ある家族の愛の崩壊と回復を、破滅と再生のパートから描き出した作品だった。NINのトレント・レズナーの作り出す重低音が、波のように寄せては返す人生の悲喜交々を照らし出す。

〜あらすじ〜

高校生のタイラーは厳格な父に指導され、レスリングの練習に打ち込む日々。恋人のアレクシスとの仲も順調で、表面的には彼の青春時代は充実していた。しかし、父からのプレッシャーと肩の怪我により、タイラーの精神は追い込まれていき、そこにアレクシスが妊娠したという事実が更に追い討ちをかける。そんな不安定な状態でタイラーはついに肩を壊し、酒とドラッグに溺れ、アレクシスとも子供の是非を巡って仲違いをする始末。ついにアレクシスに拒絶され、別れを切り出されたタイラー。その崖っぷちの精神状態を知っていたのは妹のエミリーだけ。タイラーは家で酒を飲み、両親に暴言を吐き、ある場所へと車を走らせ・・。

〜見どころと感想〜

この映画は前半と後半のパートに大きく別れており、破滅に向かう前半パートでは導火線の火が付いてから次第に心が炸裂するまでを、繊細に重苦しく描いている。この前半パートで特に効果を上げているのがカニエ・ウエストとケンドリック・ラマーの音楽。酩酊していく主人公の心情を彼らの攻撃的なライムが見事に盤面として刻みつけ、ギリギリで保たれていた危うさが零れ落ちる様を絶妙に表現した。

そして続く後半パートでは美しい情景と青春の煌めきを映し出したアニマル・コレクティヴ、救済の子守唄のように愛へと手を伸ばすかのようなレディオヘッドの名曲『True Love Waits』が儚いほどに涙を誘う。他にもフランク・オーシャンやアラバマ・シェイクスなど、売れっ子たちによる名曲の饗宴が、今作を色彩豊かに染め上げていたのは間違いないだろう。

主演には出演作が相次ぐ若手有望株、ケルヴィン・ハリソン・JR。更には作品選びには絶大な信頼を置ける演技派ルーカス・ヘッジズをキャスティングするなど、若くしてその演技力に定評のある俳優がメインを張っている。そんな布陣の中で、清涼感溢れる妹エミリー役を演じるテイラー・ラッセルの瑞々しい演技が、純粋な悲しみを投影する後半部を切なく彩った。

プレイリストムービーというから、ミュージックビデオのような映像の連続なのかと思ったが、そうではなかった。そこには愛と憎しみ、そして悲しみに視点を当てた、ヒリヒリとした青春劇があり、綺麗なだけではない物語が横たわっている。それでもいつか出口があると信じたいから、悲しみと手を取り合って、彼は、彼女は、生きていくのだろう。

〜あとがき〜

非凡なセンスを感じるトレイ・エドワード・シュルツ監督ですが、今作では映像と音楽の高次元でのシンクロを実現。特に悲しみが積もり積もったからこそ生まれる泣けるほどの苦しさ、そして優しさが、レディオヘッドの曲とトム・ヨークの歌詞の合間を泳ぐシーンは美しくて、涙なしには見れませんでした。

アニコレを聴いて『ブラッド・オレンジ?』と尋ねたり、『ヴァンパイア・ウィークエンドなら歌える』などのちょっとした会話の中にも若者たちのリアルが詰まっているかのよう。あまりにも繊細過ぎて壊れそうな、心の波に美しい情景を重ね合わせた作品でした。
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