rayconte

カット/オフのrayconteのレビュー・感想・評価

カット/オフ(2018年製作の映画)
5.0
 2018年ドイツ製作の傑作ミステリー映画。
 とにかくおもしれ〜!!クオリティに見合った知名度がないように感じるけれど、ここ10年のミステリー映画でベスト3くらいに入る大傑作ではないだろうか。
 なんといっても「身元不明の死体から娘の電話番号が出てくる」という掴みがもう100点であり、怒濤のように盛り込まれたミスリードの数々で結末まで全く失速しない展開は圧巻だ。
この作品は筋を追っただけでは到底理解できない暗喩に満ちていて、人によってはわからないまま終わった「謎」がたくさん残ることになるだろう。
 そこで、上映から時間も経っているので作中に描かれていない「謎」めいた部分を少し長めに考察したいと思う。
 なので、映画を観てから読む事をオススメします!

□説明を容易にするため、登場人物を列挙します。
・ポール:主人公。大学病院の教授兼解剖医。得意技は右ストレート。
・インゴルフ:ポールの大学にインターンとしてやってくるムチャクチャ金持ちでムチャクチャ怪しいやつ。
・ハンナ:ポールの娘。旅行に出かけた先で誘拐される憂き目に……。
・エリック:レイプ魔。誘拐/監禁して何日もレイプし続ける手口で何人もの少女をいたぶった弩級サイコ野郎。
・イェンス:ポールの元同僚で、エリックに娘をレイプされ、それが原因で娘が自殺した。
・リンダ:ひょんな事からハンナの救出に関わることになる漫画家。元恋人のDVが原因でPTSDに陥っている。
・エンダー:ヘルゴラント島病院の用務員。コメディアンを目指しているが、信じられないほどギャグが面白くない。
・フィリップ:大手運送会社の社長。いわゆる半グレ上がりみたいな男だが、娘が出来てからイリーガルな商売からは足を洗った模様。

□第三、第四の仕掛人

 ハンナの誘拐/監禁については、フィリップとイェンスが首謀者であることが結末で描かれた。
 しかし、二人に利用されたエリックを加えるとしても、どう考えても三人だけではこのシナリオは成り立たない。
 物語は、ポールが解剖を担当した遺体の中からハンナの電話番号が出てくる所から始まる。ポールは慌ててハンナに電話し、一度はハンナに繋がったものの、それ以降彼女は出ない。
 二度目の電話の時、ハンナの携帯は本人の手元を離れ、エリック(フィリップ)の死体に握らされていたからだ。
 後にそれはリンダが拾うわけだが、どうもおかしい。
 死体はエリックのものではなくフィリップのものだったわけで、フィリップは自殺したのちエリックによって浜辺に運ばれた。しかしエリックはハンナの居場所を知らないので、彼がハンナの携帯を移動させることは不可能。さらに、もうひとりの首謀者イェンスはその時島から離れていたのでこちらも無理。
 つまり三人とは別に島内に協力者がいたことになる。
 となると答えは簡単、エンダーしかいない。あのバカ野郎。
 しかしながら、エンダーにはこの計画に加担する理由がない。コメディアン志望の彼は、ことさら犯罪行為とは距離を置きたい立場のはず。
 だから、エンダーにはリスク相応のメリットがあったと考えるのが妥当だ。
 やつはリンダに「タレント番組に出る(AGTみたいなやつ)」と語る。
 だが、エンダーのギャグは死ぬほど面白くない。全国ネットの超有名番組のオーディションにこんなやつが合格するはずがない。しかしエンダーは「オーディションを受ける」ではなく「出る」と断定的に言う。この時点で出演は確定しているということだろう。
 妥当に考えれば、何らかのコネクションを使ったと思えてくる。
 そこで浮かび上がるもうひとりの協力者こそ、優しく怪しい金持ちインゴルフだ。わずか14歳で作ったSNSが17億円くらいで爆売れするような天才なら、当然様々な投資や事業を持っているだろうし、色んな業界にコネクションがあるだろう。事実、完全に専門分野外(除細動器すら知らないド素人)である解剖学会に投資をして、新たな理事会の設立を計画していたりする。
 インゴルフの手に掛かれば、売れないタレントを番組に出すくらいわけないはずだ。
 インゴルフが協力者である根拠は他にもある。
 計画当日に嵐が訪れ交通網が麻痺したことはフィリップやイェンスにとって誤算だったはずだ。だって、ポールが島に来れなかったら計画は全部パーだから。
 そこで手を差し伸べるのがインゴルフである。彼はなぜか執拗なほどにポールを「車で送ってくよ」と誘って駅まで送り、電車の臨時運休で途方に暮れるポールが出てくると、なぜだかインゴルフはまだ駅前で待っている。またインゴルフは様々なヒントをポールに与え、ポールの目的地到着を的確にアシストしてくる。
 何より、強烈な嵐の中で離島に向かうという傍から見ればイカれたポールの行動に最後まで付き合う理由は、インゴルフ自身もポールが島に辿り着くことを願うひとりでなければ説明がつかないのだ。
 ではなぜ、インゴルフはフィリップ達に協力しているのか。
 それはインゴルフの「1400万ユーロも稼ぐと、責任感が沸いてくる」という言葉に要約されている。

□インゴルフの「責任」

 エリックは、10代の女性を狙って誘拐/レイプしていた。
 その犯行は自分好みの少女を監禁して長い時間をかけ、じっくりといたぶるものだ。
 社会不適合者でおよそ10代の女性と関わりがないと思われるエリックがどのようにして的確に自分好みの少女を探し出し、彼女らの行動パターンを把握して誘拐にまで至れたのか。
 接点のない他者を追う合理的な方法といえば、SNSに他ならない。
 インゴルフはSNSの成功によって億万長者となったわけだが、もしかしてエリックはインゴルフの立ち上げたSNSを利用して被害者の少女たちに狙いをつけたのではないだろうか。
 14歳と若かったインゴルフは好奇心のままにサイトを作ってみたが、やがて不特定多数の人間が使用し、想像もしていなかった目的を持ってサイトを利用する人々も出て来た。
 つまり、インゴルフの言う「責任」とは、エリックのような人間に犯行の機会を与えてしまった自身の行いに対するものではないだろうか。
 当然、サイトを作っただけのインゴルフがその場を通じて行われた犯罪に対して引責の道理などないのだが、それが1400万ユーロを手にしたインゴルフの中に芽生えた「責任感」なのだろう。
 そうすれば、エリックの事件とは無関係であるインゴルフが、フィリップ達と手を組むのには納得がいく。

□「教訓」とは何か。そして何を「カットオフ」したのか。

 作中でも語られている通り、フィリップとイェンスの目的は復讐ではなく、教訓を与えること。彼らの目的は「過ちを正す」ことなのだ。
 物語冒頭、ハンナに誘いを断わられたポールは明らかにイラつき、飼い犬を蹴飛ばしているクソ(お犬様を蹴るやつは僕も許せない)をデオンテイワイルダーも真っ青の右ストレートでドツき回し、訴訟沙汰となる。
 一見本筋と関係ないように見えるこのシーンは、物語のテーマを孕んだ非常に重要なものだ。これはポールの問題点、「間違いを認められない」部分を描写しているからである。
 ハンナに「家を出てったのはパパでしょ」と言われても全然謝らず言い訳するし、インゴルフに「あれはひどいイタズラだった」と咎められてもさっぱり謝らないし、当然犬キック男にも謝らない。
 ポールという男、自分にどれだけ非があろうと一度も謝っていないのである。それどころか保身のために都合のいい言い訳や嘘をつく。
 しかし、ポールは見下げ果てた人間というわけではない。彼は、心の内では自分の間違いに気づいているのだ。
 そして付き合いの長いイェンスはポールの内側にある「善意」に気づいていた。
 最愛の娘を失い、生きる気力をなくしたフィリップとイェンスは、ポールに「善意があるならそれを実行すべきだ」という教訓を身を以て知らしめることを彼らの最後の仕事としたのではないだろうか。
 そしてインゴルフは、ポールを「導く」ことにより、インゴルフ自身が作り上げた物によって実体化した(と責任を感じている)不特定多数の悪意への贖罪を行ったのではないか。
 映画はタイトルの通り、エリックの指を「カットオフ」するシーンで幕を閉じる。
 その選択をしたポールが切り離したものは、保身のために善の心を躊躇する自らの弱い部分だったのではないだろうか。
 
 最後まで興味を損なわない素晴らしい演出と、隠喩されたテーマを観るほどに感じられる本当に骨太な作品だ。
 是非是非もっと多くの人に観てほしい。
 
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