もものけ

悪の法則 特別編集版のもものけのネタバレレビュー・内容・結末

悪の法則 特別編集版(2013年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

この作品は、個人的評価で評価するのがおこがましいほどの傑作でした。
定期的に鑑賞しております。
リドリー・スコット監督が大好きなんです!

弁護士として順調な人生を送っていた男は、最愛の相手ローラの為に全てを愛の証として投げうる為に、スイスへ行き最高のダイヤモンドをプレゼントするつもりだった。
しかし金の工面が上手くゆかず、友人のライナーの勧めに軽い気持ちで乗るのだが、それは自分の範疇を超えた別世界への扉を開けることにまだ気づいていないのだった・・・。


感想。
コーマック・マッカーシーが脚本を努め、巨匠リドリー・スコット監督が挑んだ哲学的な難解さがテーマの作品で、その難解さと説明不足のストーリー展開から、ほとんどの人から酷評を受けた映画であります。
個人的にはサスペンス映画の最高峰の一つであり、何度でも鑑賞している歴史的大傑作だと思っています。

作品は、ニュアンスだけを含む生活様子に内輪ネタの会話劇が主体で、淡々と流れながら麻薬を運ぶトラックの成り行きを、誰が何のためにに何をしているのか、全く分からないまま挟んでストーリーが進むため、一体何を伝えているのか観客は分かりません。
この作品は”分からない”作品、理解の範疇を超えた出来事を描いているのでこういった手法になっています。
これはタイトルが「悪の法則」という邦題が付けられているため、観客に余計な前知識を与えていることがマイナスになっているかにも思えます。
「悪の法則」というサスペンス映画のおおまかなストーリーを掴んでしまうと、麻薬組織から奪われた現金の行方と、黒幕の正体を明かすサスペンスだと思い込みます。
犯人探しのスリラー的要素がある作品ではありません。
麻薬カルテルという存在を知らない我々は、その世界線にある別次元を理解することが出来ません。
この弁護士がいる華やかな世界の裏の世界として、マルキナが策謀する争奪戦の物語を並行させて、その理解できない世界が表裏一体になっている世界というものを、表現した描写であります。
しかし、鑑賞し終わって余韻に浸る時に「悪の法則」というタイトルの意味がやっとわかるので、あながち間違ったタイトルでもないですが、原題の”The Counselor”というタイトルを使ったほうがスマートに感じられる気がしました。

プロローグである二人の逢い引きが、エロティックでいきなり登場してくるので、拍子抜けしてしまいます。
一見するとペネロペ・クルスというエロティックを売りにする女優を、印象付けるための演出にも見えます、いわゆるファンサービスといったところでしょうか。
しかし、しきりに弁護士はローラへして欲しいことを訪ねます、”欲”を語らせています。
これほど平穏で恵まれた環境の生活であっても、”欲”にまみれているメタファーともいえます。
そして窓から見える遙か先に、麻薬の運び屋がかっ飛ばして行きますが、この普通の生活は理解の出来ない世界と隣合わせでもあるという演出でもあり、意味のある濡れ場でもあります。
この”欲”が起こす過ちが弁護士の運命を決定づけることになります。

最も印象的なシンボルとしての登場人物マルキナを演じるキャメロン・ディアスの演技が最高である作品です。
ヒョウ柄のタトゥーを背負い、メイクアップからスタイルから全てがまるで豹のようにしか見えない、冷血な野生動物として演じきるその演技は、作品の主人公として存在を見せつけるほど印象的です。
その冷血な思考は世界をシステムとしか考えておらず、そこに感傷的なものを感じることができません。
獲物を狩る豹の姿にだけ、感慨深く感じる異次元の人です。
唯一作品の中で、全く違った世界を歩んでいる女性です。
それは奇行ともいえる車とのセックスや、教会に通うローラが不思議でならない目や、宝石商のように気持ちを込めたダイヤを物の価値でしか判断できない様子などでよく表れています。

マルキナが象徴的存在として登場する影で、内輪ネタの会話で話の通じない、理解の出来ない世界の存在を描写しているのが秀逸です。
息子が捕まった理由が「スピード違反」「206」という単語で表現され、「なんだよその206って、体重やポンドの数字だぞ、時速330キロだぞ?」と理解不能に陥る弁護士の視点で観客へ理解できない象徴として演出されます。
弁護士というタイトルの意味がよく分かる会話に、ルールに決められた判断をする職業である弁護士が、”ボリート”を知っているかと聞かれて、言葉から想像したインテリめいた答えしか浮かばないシーンがあります。
その異常な処刑器具を語るライナーから、ありえない物の存在を感じさせられます。
ルールから外れた物へ理解が及ばないシーンで、弁護士という仕事柄余計に陥ってしまう思考を描いています。

宝石商との会話も一見意味不明でありますが、そこには引き返せないポイントとしての”警告”が宝石の比喩で語られております。
カラットの大きさを心配する弁護士に「女性は思ったよりも勇敢です」と答える宝石商は、マルキナの比喩でもあることがわかります。

この会話劇でしきりに弁護士へ”警告”を与えていることがわかります。
それなのに理解しようとしない弁護士は、自ら進んで運命を決定づける方向へ向かってしまいました。

もはや引き返すことが出来ない場所に居る弁護士は、まだよく分かっていません。
ここまできているのに、状況が理解できないので「真実を伝えて信じてもらえるようにする」などと希望的観測にすがってしまいます。
ウエストリーに呼び出されてノコノコ出てきて深刻になりますが、ふらふらして妻へ電話し場所を決めかねながら旅の準備をして、あまつさえ着替えまでしてのんびりしています。
常識を引きずってもたもたと逃げております。
なぜ弁護士は捕まらないのか気になった人はいませんでしょうか?
会話劇でも伏線で出てきますが、弁護士の妻に”価値”があるので、麻薬カルテルは弁護士には用がないのです。

この妻の顛末ですがゴミ捨て場に遺棄される死体から想像はできますが、送られてきたDVDの映像がなんだったのか、これはウエストリーとの会話で既に結果が語られている暗示で、かなりエグいシーンとして印象的です。
その会話の行為がローラに行なわれているDVDです。
このように日常生活と隣合わせで気づかないだけの驚異が、演出で見事に描写されているのが作品の魅力的なところであり、理解できないストーリー構成になるのは狙っているものです。

ジョン・レグイザモが大好きですがちょい役で出演してくれており、個人的には強烈な印象でもあるシーンでした。
意味のないドラム缶へ入れた死体を、永遠と国境を横断させジョークのつもりってだけだと笑いますが、笑えない冗談で異様な世界を表現しています。

麻薬カルテルの輸送方法が登場してきますが、汚いものから避ける人間性の心理をついた運び方が、なんとも想像の上をいってこれまた理解できない世界に写ります。

小物、装飾品にいたるまでセンスが良い映画です。
麻薬カルテルのドラム缶に詰まったパックに、カルテルの紋章がプリントされていて、カッコよく見えます。
マルキナがラストで着る衣装が素敵で、ジョルジオ・アルマーニとのコラボらしく、そのセンスの美しさに見とれてしまいました。
一般人が見ることのない富豪の生活を表現した、贅を尽くしたライナーの住まいや店など、非現実的な映像ですが装飾品がきらびやかでセンスも好きです。

この光の世界である弁護士がいる場所と対比的に、マルキナの存在する闇の世界が交互に登場してきて、ラストにはメキシコという暗く淀んだ闇の世界へ弁護士が立つシーンは印象的です。
裏路地で犬が徘徊する暗く汚れた世界に佇む弁護士。
弁護士が闇の世界と結びつき、その存在を理解し始めるシーンであります。

麻薬カルテルのボスとの会話が、最大の見せ場でもあるシーンではないでしょうか。
全く違う世界に住む、全く噛み合わない会話。
「行為が結果につながって、それによって新しい世界が広がる、しかしそれは前からそこにあった世界で理解できないだけのものだ」
ピンとこない弁護士に問いかけます。
観客も何を言っているのかピンときません。
「妻の運命と交われるなら、何があっても変わってもいいと思えるのか?」
「YES!!」
そう答える弁護士に、
「それを聞けてよかった」
ああ、麻薬カルテルのボスであっても、理解し合えるもんなんだなと思いませんでしょうか?
これは、それだけの”価値”があの女にあったことがよかったというだけで、感傷的な会話では全くありません。
そこに話が通じない相手の怖さが含まれております。
世界は理不尽極まりなく回っています。
その世界は弁護士に起きた悲劇など、なんとも思っていないことが会話全てから読み取れることでしょう。

マルキナはラストで重要な会話をします。
「臆病者ほど残酷なものはなくて、その残酷さがもたらす殺戮は、たぶん想像を絶するものになるわ」と語っていますが、後に始まる想像を絶すること=麻薬抗争ではなく、動物的本能を心の奥底にもつ人間の本質を語っているのではないでしょうか。
この会話の中で、ライナーに聞かれた時は”starving”という「飢えている」表現ですが、ここでは”famished”という「餓死寸前」という表現に変わっています。
あれだけの”金”を手に入れることができて、引退するかのような会話をしているのにです・・・。
これが「これから起こることは想像を絶する」と語る内容を表しているようで、ゾッとするラストシーンであり、キャメロン・ディアスの最高峰の作品でもあると感じてしまいました。

自分の知るルールが適用されない世界。
動き出したら止められない歯車。
そこに至るスイッチは自らの手にあり、押すことは自らの選択でもある。
ただその歯車という運命は、動き出したら自分の意思では止めることはできない。
そんな思いが湧き上がる作品でありました。

見ることの出来ない世界を映画として表現し、まさに映画の役割が詰まった幻の大傑作に、5点を付けさせていただきましたが、評価するのがおこがましいほどの作品で、ただただその哲学的テーマを試行錯誤するだけのちっぽけな存在を感じさせられる映画でした。

誰がなんと言おうと私には大傑作でしかない作品でございます。
飽きるほど鑑賞して人生の終着点まで持っていきたい映画の一つであります。
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