カツマ

ビッレのカツマのレビュー・感想・評価

ビッレ(2018年製作の映画)
3.9
楽園なんて初めからなかった。幻だったユートピア、燻んだ色の現実。罵られ、愛の形すらも掴めない日々。一生埃にまみれて生きていくしかなさそうな人生の出発点が、実はある伝説的な作家の才能を育んでいったとは、この映画からどれほど感じることが出来るだろうか。貧しい家で見つかったほんの小さな宝物。感性という名の才能を彼女は見つけた。

ノーベル文学賞候補にもなった、ラトビアの作家べルシェヴィツァの自伝的小説を映画化。今年はオンラインでの開催となったEUフィルムデーズの目玉作品であり、ラトビア国内の映画祭で最優秀作品に選出されるなど高い評価を受けた作品だ。ベルシェヴィツァ自身の子供時代を軸に、貧しい家庭で育ちながら、彼女の才能が確実に花開いていく過程を淡々と重々しく描き出した。監督は『ルッチと宣江』のイナーラ・コルマネ。子供の視線から見た生活の悲喜交々を繊細な筆致でカメラに捉えている。

〜あらすじ〜

舞台は1930年代のラトビア。ドイツとソ連の影響下にあったこの国に住む少女ビッレとその両親は、貧しい暮らしの中で何とか日々を食いつなぐような生活を送っていた。母は癇癪持ちで、手当たり次第に暴言を吐き、その相手をする父は大酒飲みで家計を圧迫するばかりだが、娘のビッレには優しかった。家を出たり入ったりするビッレの祖母は母と同様に暴言を吐き散らし、たまにお金を落としていった。
周辺の子供たちと遊んだりしながら、貧しい生活を慎ましく生きるしかなかったビッレ。母からは辛く当たられ怒られてばかりの彼女は、いつしか森の向こうにユートピアを夢想したりと、その眠っている感性は少しずつだが目を覚まし始めていた。

〜見どころと感想〜

この映画のどこに出口があるのかと問いかけたくなるような作品だ。それほどに日々の貧しい生活が繰り返され、凹凸がないことが尚更出口の無さを予感させる。だが、そんな日々のほんの隙間にビッレの才能の発露を促した出来事が細かく散らされている、という部分が今作の素晴らしい要素であったと言えるだろう。将来世界的な作家となった彼女はどんな生活からその感性を育んでいったのか。彼女の才能に気付いたのは誰だったのか。分かりやすくはないけれど、その切れ端は見つけるのが大変な隠し味のように、この映像の端々にじんわりと滲み出ている。

ビッレに罵詈雑言を浴びせ続ける母親の存在は、この映画の重さを象徴しているかのよう。酒飲みで優しいけどあまり頼りにはならない父親や、他の登場人物もあまりにもリアルで、ビッレの幼少時代が決して幸せではなかったことを如実に窺い知ることができる。それでも2人はビッレの両親であり、子供を愛していないわけではなかった、ということが分かるクライマックスが少しだけこの映画に温もりを与えてくれた。

当時のラトビアがドイツとソ連の板挟みで厳しい情勢であったことも仄かに示唆されていたり、ポートレイトとしても確かな目を感じさせてくれる。子供の低い視点から少しずつ広がっていく世界が、ビッレという少女の成長を暗示するようで、決して暗くて重いだけの映画ではなく、希望は確実にあったということを示している作品だったと思いますね。

〜あとがき〜

非常に静かに重い作品ですが、淡々とビッレの日々を見つめているといつのまにかエンドロールがやってきます。
ヨーロッパ映画らしい過剰な演出の少なさも含めて、この映画祭の趣旨にバッチリと合っていた作品だったのではないでしょうか。EUフィルムデーズは今年はオンラインだったわけですが、映像はかなり洗練されていて美しかったので、ぜひ劇場公開まで漕ぎ着けてほしい作品ですね。
カツマ

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