噛む力がまるでない

アンチグラビティの噛む力がまるでないのネタバレレビュー・内容・結末

アンチグラビティ(2019年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

 ロシア産のSF映画で、冒頭から展開される世界観は気合いが入っており、インパクトのあるビジュアルが見られる。折れ曲がったような街の景観を見てわかるように、全体的に『インセプション』を意識した内容で、派手に見えて実は眠っているだけという地味な点でも共通している(それと世界の救世主として見いだされ覚醒していくという点は『マトリックス』っぽいなと思う)。

 夢の中の世界がキャラクターそれぞれの記憶と結び付いて構築されている設定がなかなか面白くて、目的地に行ってみたら微妙に違うとか夢の不確かさを出そうとしているのだが、それがあまりストーリーに寄与していないのが残念だ。ハッキリしない記憶によってできる障壁と、トリックスターであるファントムをかけ合わせれば話がもっと盛り上がると思った。正直、アクションで一番見ごたえがあるのは中盤の格納庫での戦いで、キャラクターの能力と地理をうまく使った楽しいシーンになっている。
 しかしながら、この映画は中盤から主人公のバックボーンを通して、昏睡状態で夢の中に浸り続けるのが果たしてそんなに悪いことなのか?という問いかけをしてくる。ヤンはファントムたちが実はどういう人間なのかシビアな現実を突いて、自分の作った理想の世界に正当性があるような主張をしてくる。現に主人公は夢の中ではヒーローのような活躍を見せて、パッとしない現実よりもやりたいことを見つけて生き生きしているように見える。もちろん倫理的にどうなのよという実験なのでヤンの企みは打ち砕かれるものの、個人的に理想の中での人生は理解できなくはないなと思った。最後にいろいろうまくいきはじめた主人公も、自分の作りたいものが思いっきり作れる世界への未練を匂わせており、理想と現実の谷間でいまだ揺れているようである。まあこのへんも『インセプション』っぽいのだが、本人の自覚がうっすらあるという点ではすこし差異をつけている。

 監督のニキータ・アルノグフは長編デビューらしく、ビジュアルの構築力はたいしたものだし、話に重みを持たせようとする努力もなかなかだ。経験を重ねれば本当にクリストファー・ノーランのような勢いをつけてくるかも知れない。一点だけどうでもいいことだが、リーパーは『亜人』のIBMみたいだと思った。