愛鳥家ハチ

シンプルな情熱の愛鳥家ハチのレビュー・感想・評価

シンプルな情熱(2020年製作の映画)
3.5
フランス在住のシングルマザーであるエレーヌ(レティシア・ドッシュ)と、既婚者である年下のロシア大使館職員アレクサンドル(セルゲイ・ポルーニン)との関係を描く作品。直球の不倫物語でひねりはありません。シンプルな不倫。不純だなぁと思いながら見続けると、終盤には"いや、これは純愛なのか"と一瞬思わせてくれる作品力がありました。

ーー肉体言語
 例えば新海誠作品が主人公の清冽な心情を文学的修辞を尽くすことで語っているとすれば、本作は対照的に、肉体言語によってありのままに心情を語る内容となっています。作中ではエレーヌが男性彫像の背面を見上げるシーンがあるのですが、彫像への視線にセルゲイ・ポルーニンの肉体賛美を見てとることも可能でしょう。また同時に、レティシア・ドッシュの肉体もまた彫像的均整のとれた女性的美しさを湛えており、まさに"肉体"そのもの、肉体というビジュアルが語る作品といえます。その意味では小説原作が見事に映像として昇華したと評し得ます。

ーーネグレクト
 ただ、女性主人公エレーヌには一人息子がいます。そして既婚男性アレクサンドルとの逢瀬のために息子との時間をないがしろにしてしまいます。おそらく全ての観客が、この息子には「強く生きてほしい」と願ったことかと思います。魔性の男であるアレクサンドルの魅力が余りにも強すぎるとはいえ、理性を失い情事に耽る母親の姿はあまりにも…。本作は、息子の視点でみれば全く異なった様相を呈するという点で奥深さも備えています。『誰も知らない』を撮った是枝監督ならば、力強い少年の表情をとらえた全く別の作品として仕上げることも可能でしょう。

ーー総評
 本作では、現実感を失い「見れども見えず」なエレーヌの"シンプルな情熱"の行く末を見届けることができますが、個人的には"情熱"というよりは、理性を曇らせる"熱情"という言葉の方がしっくりくると思いました。本作は、セルゲイ・ポルーニン&レティシア・ドッシュの肉体美を堪能できる作品であり、両者のファンの方には特にお勧めできます。
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