Adachi

スパイの妻のAdachiのレビュー・感想・評価

スパイの妻(2020年製作の映画)
5.0
劇中の蒼井優の言葉を借りれば「お見事です」としか言えない。これ程までに完成度の高い映画はそうそう出会えないんじゃないのかと。

史実をベースにミステリーを活かした唸るほど上質な演出。役者陣が発するセリフの言い回し、発音、リズム、言葉の美しさ、その一つ一つが本作全体に漂う甘美性を何層にも蓄積されていっていると思うし、登場人物の疑心や戦争へと向かう不穏な空気感・緊張感の作り込みを巧みに持続させつつ、さらには気味の悪い死体や不気味なフィルムという黒沢清らしさが加わることにより、1+1が2とか3とかそういったものではなく、敢えて表現するならば100とか200とか300にも膨張していく様な異様な感覚。どのシーンを切り取っても映画を観る多幸感に満ち溢れている。

黒沢清監督自身の言葉をお借りすれば「カメラとは剥がしの風景をありのままに映し出してしまう装置」でありまして、スクリーンに映る構図・光の明暗・配置された小道具・奥行きのある風景・そして人物の挙動、それ自体のどうしようもないリアルさがあの手この手で「映画的本質」を獲得する有様に、ありのままの映画の楽しさというものを感じた次第です。

その映画的本質とは紛れもなく「観客が映画の画面を見ること」であるわけで、(極端な言い方をすれば)物語を構築するのは脚本ではなく、画面全体ということを本作では恐ろしい事に画面全体で表現してしまっている様に思うわけでして、映画の世界というものが映画それ自体の物語を物語る...矛盾している様ですが、映画を観る幸せというのはやはりその点にあるんじゃないかなという気がしています。

黒沢清とポン・ジュノはなんかもう凄すぎて怖い。
どこまで進化するのだろうか。
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