東京キネマ

拝啓天皇陛下様の東京キネマのレビュー・感想・評価

拝啓天皇陛下様(1963年製作の映画)
4.8
良く出来た映画だ。本当に面白かった。久しぶりの再会で酒も底をつき、消毒用アルコールを飲む渥美清の演技には笑い死にしそうだった。

描いている世界は日中戦争に突入する時代の喜劇だが、『ガープの世界』や『フォレスト・ガンプ』のような歴史に流される人間の人生ドラマになっていて、むかしの日本人の人生観が良く解る。若い人はこういう話は映画の中だけで成立している話だと思うだろうし、作為も感じるだろうが、この映画で起きているようなことは現実にあったのだ。生きていくだけで恥ずかしく、笑ってしまうくらいの悲しい人生が・・・。

芥川也寸志の音楽も凝っていて、ハリウッド・スタイルのサウンド・デザインになっている。日本でもこういうスタイルで音楽付けをしていた時代があったのかと妙に納得。本来、こういう手作り感のある音楽は、日本人は得意だった筈。当然こんな時間のかかる音楽作りは合理化するれば無くなってしまうのは必然で、何十年も経った後で簡単に打ち込みで出来るようになっても、ノウハウの継続がないもんだからうまくいく訳がない。だからメロディは良くても結局カラオケビデオみたいになってしまうのは、これは日本人一般の好みということではなく、映画会社がケチったからこういう選択しか出来なかったという、これまたいつも通りの日本映画界特有のオチだ。

松竹喜劇というと山田洋次を連想しがちだが、本来は野村芳太郎が本家本元だ。山田洋次は弟子の立場を利用して(スタイルだけを)真似たに過ぎない。「山田洋次+渥美清」だと説教臭くて暑苦しくて仕方ないが、「野村芳太郎+渥美清」だと素直に笑えるし、納得して腹の底に落ちて来る。

シナでの行軍中に、死ぬ前には天皇陛下万歳くらい叫んで死ぬのが日本人だろう、と渥美清が別部隊の小隊長に文句を言って喧嘩になるシーンがあるが、これを山田洋次がやるとどうしても「教育のない田舎者が兵隊になると、どうせこうなる・・・」という目線になるが、この映画ではそういうニュアンスは全くない。みんなこういうことを信じて死んで行ったんだ、という悲哀が伝わってくる。野村芳太郎と山田洋次のテイストが近い割に伝わってくるニュアンスが全く違うのは、究極的には人間性の違いのような気がしてならない。野村芳太郎は決して巨匠なんて呼ばれることを良しとしなかった。そんなことが、この映画を観ると良く解る。
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