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ブレット・トレインのAnima48のレビュー・感想・評価

ブレット・トレイン(2022年製作の映画)
3.8
最終の新幹線に乗る。“離れて危ないから列車から離れて下さい”と何度もアナウンスが流れる中、涙を流して東京のホームに立っている子を窓越しに見ると何か熱帯魚みたいで、次第に丸の内の深夜残業の灯りが後ろに流れていく。山手、京浜東北と普通電車を追い越して非日常に突入するかと思うと、缶チューハイが開く音がして隣でおじさんが満足げに飲み始める。席を倒してよいですかって前のお兄さんが声をかけてきて、その後ろでは会社員がPCで仕事をしている。通路を挟んで向こう側では、ディズニーの大きな袋を持ったグループが愉しかったねって語っている。名古屋辺りで振動するように目覚ましをセットして・・・・そんな光景はこの映画にはなかった。

見たことのない日本の夜を朝焼けに向かって、新幹線のような弾丸列車が走っていく。こんな楽しそうな日本は旅してみたいなあと思う、僕が住んでる日本はもっと落ち着いていて静かだから。オレンジ色やクラブのような照明に、ゴージャスなビュッフェもある。席の間取りが独特で殺し屋の男女が囁いて密談ができる。あんな新幹線に乗ってみたいなあ。そして名前が「ゆかり」。お弁当の中の醒めたご飯に乗っているあの酸っぱい感じが口の中に蘇って、のぞみの中で食べた駅弁を思い出してしまった、ゆかりがかかっていたのは小さな時に親が作ってくれた弁当だったけれど。酒に酔って寝落ちした新幹線が見てるような悪夢、少しふざけた日本の描写が続いて本当に楽しめるけれど、もうそろそろそういうのを越えた先の日本を見てみたい気もする、それともあれは未来の日本なのかな?それに現実離れした話だからそれはそれでよいのかもしれない。えーと僕の知ってる日本には何番線の列車に乗れば帰れるのかな?だけど、米原駅のあの雰囲気はすごく米原だった。それは新幹線のホームというよりは京都から新快速にのってJR東海の接続を待つあの初冬のホームの雰囲気だったけれど。

レディバグはセラピーを受けてるコソ泥、機関車トーマスの世界を生きる黒人と気取った皮肉屋の白人(でも仲がいいんだ!)画面に登場した時が最高潮の伊達男、ロリータファッションのサイコパスとかが窓際にすわり、トイレで寝ころび、そして列車に乗ってくる。彼らをずっと見てたいけれどストーリーから途中下車する殺し屋も出てくる、寂しいけれど。閉鎖状況下でのリアルなアクションというよりは、死にそうで死なない状況が面白おかしく進んでいく。他にもどんどん殺し屋やギャングがホームでたむろしたり列車に乗ってくる、服装はマッドマックスか何かの悪党みたいで、正直なところその恰好で家を出て通勤電車に乗ってやってくる姿が想像できない。公衆トイレで着替えているんだろうか?レディバグは殺し屋なんだろうけれど、話し合いを望んでるお人よしなところがあって、実際にこんな人が隣にいてくれたら東京-大阪間の話し相手には困らないと思う。ほら、社内での見知らぬ人とのおしゃべりって思わぬ旅の楽しみだし。殺されるのは嫌だけど。機関車トーマスって階級社会の話だよね?国王たるトップハム・ハット卿の寵愛を巡って爵位の高いテンダー式機関車と低いタンク式機関車が争い、新興富裕層のディーゼルが策謀を巡らせる。そんな話をレモンとしてたら、気づけば博多という事態になるかも。

落ち着きがない子供が熱心に語るような具合で筋が断片的に飛びながらストーリーが流れていく。何だろうか?ひどく酔っぱらった二日酔いの頭で昨日の飲み会を思い出すような感じとでもいうのかな?でも割とこういうのは楽しめた。ゆったりとしたシーンや興奮するアクション、狭い列車の中であまり見たことがないような格闘と病的な冗談が不規則に続く。GPSを使ったシーンや個室に篭った工作とか、閉鎖空間なのに単調にはならない。ファーストクラスやビュッフェ、キッズ車両?という風に車両毎に内装が違う辺りも功を奏していた。アクションもリアルながらもずっと以前のジャッキーチェンがやってたような笑わせる要素が入ってた。そして終着駅に向かって物事が繋がっていく。

そんな中、真田広之さんの所作・立ち振る舞いが凛々しくて、すっと座り耳を傾け、静かに語る姿が美しい。少し語り口がいつもと違うけれどそれは脚本や周りの演者に合わせたんだと感じた。その感触を信じてよいのであれば凄いチームとしての演技だと思う。そして花瓶に花を活ける(こう書いて良いのかな?)仕草が気品がある。ラストサムライでの激しい立ち合いの合間での舞う動作やお茶を点てる佇まい等の気品はいまだ健在だと思う。列車の中の立ち回りは座頭市のようだった。ここはスローモーションよりも勝さんの居合の様に素早く一閃という動きや若山さんの子連れ狼のような動きで次々切って捨てるような感じを見たかったような気がする。だけど真田さんの年長者としての演技が素敵で、だけどあの真田さんが老いている(あくまで演技だけれど凄くて)様子がまるで肉親が老いているのを目の当たりにするようで少し辛かった。過ぎ行く季節を哀しく慈しむようなそんな心地になった。

・・世の中が落ち着いたら、新幹線乗ってみようかな。
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