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三月のライオン デジタル・リマスター版のyuienのレビュー・感想・評価

4.5
話こそ近親相姦ものだけれど、インモラルな関係性というよりは、人を好きになるどうしようもなさという、もっと普遍的なものを描いている。
わたしも、好きという気持ちが募るほどに、途方に暮れてしまう。だから、本作に漂う生ぬるい孤独感と停滞感は、ひどくしっくりくる。まるで傷口に塩水をまぶすように沁み込み、ヒリヒリする。
愛おしさと寂しさはいつも同時に込み上げてくる。時には、近くにいても遠く感じてしまい、どうしても縮められない、縮めてはいけない距離があるような気がして、もどかしい。

アイスがハルオの頭を洗いながら泣いているのを見て、心がキュウと締め付けられた。初めて観た時は、気を衒った演出だなあと思っていたのに、いつの間にか、アイスの涙を理解できるようになってしまった自分がいた。
好きな人といる時に感じる幸福感には、少し息が詰まってしまう。自由ではなくなる感じがするから。その一方で、それがいつか消えてなくなってしまうんじゃないかという不安もあって、しがみつきたくなる。どうにもうまく享受できない。
それは、アイスがハルオの記憶が戻るのを恐れることに、どこか似ていると思った。けれど、アイスは、自分には記憶が戻ったハルオを引き止める権利などないということをわかっていても、今この瞬間は、めいいっぱい愛そうとする。

おばあさんの青い液体の入ったボトル。
どこにも行けないように、ハルオがアイスの足首に結んだ電球コード。
人の感情は移ろいゆく不確かなものなのに、それでもなお、人はそんな不安定な足場で相手を繋ぎ止めようとしたり、永遠を探そうとするのって、考えてみれば不思議だよね。

どこまでも閉ざされたふたりの世界なのに、風が吹き抜けるような、軽やかなアンデス風音楽が奇妙に馴染む。海を写したポラロイド写真は、開放した場所を示唆しているようで、それを胸元に止めて歩く場面は、却って閉塞感を際立たせる。
此処ではないどこかを暗示することによって、どこにも行けないということを引き立たせる。

この映画は、振り返ってみれば、19歳、23歳、25歳のときに観たわけだけれど、それぞれの年齢の時に、似通っていても少しずつ異なる感想を抱いてきた。いずれもその時の自分の心というか、恋愛観を反映していて、変遷がよくわかる。ただ、いつ観ても言えるのは、愛や執着といった感情を「閉ざされた」感覚でなぞりながら語られるのが好きだ、ということ。
次観るときはどんな感想を抱くのだろう…
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