あなぐらむ

新宿インシデントのあなぐらむのレビュー・感想・評価

新宿インシデント(2009年製作の映画)
3.9
やっぱこういうのは、舞台となった場所で見るのが一番。
新宿グランドオデヲン座は椅子からスポンジはみだす相変わらずのボロ劇場ぶり。
前に綺麗な愛人らしい姉ちゃん連れたヤクザ風、後ろに北京語でひそひそ話の中国人カップルという非常にリアルな状態(笑)での鑑賞と相成った。

冒頭の、沖合いの座礁した船をバックに浜辺に大量の中国人密航者がうごめくシーンは圧巻。それだけで見事に、この作品に見る者全てを惹きつけるインパクト大のオープニングだ。
これ、本物の座礁したロシア船を背景に置いている(撮影準備時にそのニュースを聞いたトンシン監督が即座にそこで撮影を決定して実行されたとか)こともあって"本物の迫力"が感じられるのだ。

貧しい農村で暮らしていたジャッキー扮する"鉄頭"が恋人を探して密入国し、東京・新宿へと流れてくる様がすらすらと描かれ、我々は彼と一緒に東京の中国人社会に潜り込むこととなる。
密入国者たちのコミュニティ、民族ごとの力関係、華僑やヤクザとの間柄、日本人との軋轢など、ひとつひとつのディテールが非常に細かく描かれていく。いつもながらのトンシン監督の描写力は見事。
日本から大量にスタッフが参加している事(撮影の北信康氏の硬質な画柄は非常に秀逸。ガンエフェクトにはビッグショットの納富氏も参加)、ダイアログ担当として伊藤秀裕氏(元日活、エクセレントフィルムの代表さんだよね)が協力している事もあり、日常描写、ヤクザ描写もしっかりしているので、香港映画でありながら同時に、日本のヤクザ映画を観ているような不思議な感覚がある。

ではその緻密なディテールで描くドラマはというと、これがちょっと厳しい。
監督の前作「プロテージ」は主人公が潜入捜査官という立場に居たため、麻薬の被害者と加害者、両方の目線を獲得することができ、かつ彼の無力感を描く亊で「麻薬」という本丸に迫っていく事もできたのだが、本作はジャッキー扮する"鉄頭"自身は密航してくる大勢の一人でしかなく、彼をはじめ密航者コミュニティ、物語の負の部分を体言する"鉄頭"の弟分阿傑(アチェ。今回もトンシン組・ダニエル・ウーが力演)、日本のヤクザ江口(加藤雅也)とその一派と群像劇の様相を呈すために、この上映時間の中にドラマが収まりきれていない感じなのだ(組織でのし上がろうとする江口の生い立ちを描く部分などは案の定バッサリ切られているらしい)。

"鉄頭"はきっかけを作るのみで、新宿で対立を深めていく日本人ヤクザと中国人グループとの抗争の中では蚊帳の外になってしまう点も痛い。これはジャッキーの意向によるものだったのか、ストーリー上の要請なのかは分からないのだが、やはりというかなんというか、ジャッキー=いい人、なのだ。
本作でもトンシン作品によくある「奇縁」が描写される。それは全て"鉄頭"が"人を放っておけない"優しさを持っているからなのだが、その優しさこそがこのドラマで他の人々の(結果的に)仇となっていく皮肉さが、哀しさが今ひとつ伝わってこない。
恐らく状況が悪くなっていく中盤以降で、ドラマの主たる部分が日本のヤクザものよろしく組織抗争ドラマになってしまっている構成にも問題があるだろう。物語が拡散してしまい、個人に収斂していかないのだ。

「プロテージ」そして本作と、トンシン監督と脚本のチュン・ティンナムはちょっと社会派的なアプローチにシフトを置き過ぎている気がする。"状況"を描こうとしすぎ、というか。「旺角黑夜」「忘れえぬ想い」で見せたような、心に重いものがずしーんと落ちていくような、深い人間ドラマへの結晶化をもう一度見せて欲しいというのは欲張りだろうか。

演技者としてのジャッキーを見る時、パンフレットにも書かれていたけれどその「泥臭い感じ」というのは、非常に大陸向けには武器になるんだと思う。本作の、農村でトラクター運転してる彼の姿ってのはとても似合っていて、中国の人々にも支持される部分があるだろう(まぁアクションしなきゃジャッキーじゃない! というのも皆持ってる気持ちだと思うが)。
本作は元々彼のために書かれたホンではないらしいこともあってかなり苦労したんじゃないだろうか。ちょっと迷っているようにも見えた。
ダニエルはもうほんと、トンシン組には欠かせない人になってきてるけど、本作では独りで悲惨パートを突き進んでてマジで痛々しかった。後半の変わりようがまた哀しい。でもあぁなっちゃうよなぁ普通。

日本側キャストはあまり紹介されていないが、竹中直人、加藤雅也のほかにも吹越満、倉田保昭(!)、峰岸徹、長門裕之(後者二人は故人)といった渋好みなキャスティングがなされ、非常によい仕事をしている。
加藤雅也は地の関西弁でしゃべるため、妙な力みがなくて彼の出演作の中でも出色のよさではないだろうか。竹中さんはまぁ、いつもの竹中さん。
香港組はいつもの面々、前述のダニエルもそうだけどまたしてもなラム・シュ、お馴染みロー・ワイコンやチン・ガーロッがなんだろうな、それぞれあぁ、さもありなん、なキャラを演じてて面白い。
チン・ガーロッはここんとこずっとアクション監督兼任なんだけど、今回も手チョンパやってます。好きだねぇ。クライマックスでいきなりキレたのはすげぇ怖かった。

女優陣では大陸の二大美女、シュー・ジンレイとファン・ビンビン様が共演。ジャッキーったら相変わらずね。薄幸さを地で行くシュー・ジンレイの儚げ美もいいが、やはりビンビン様。今回も震えが来るぐらいの美女ぶり。こんな人がママの中国パブなら俺、通います。中国人女性らしい気の強い見せ場もあってイイ。

本作のテーマは劇中でシュー・ジンレイがかなりストレートに語ってたりするんだけど、経済発展を続ける中国において、この問題は今後多分中国の至るところで起こりえることだろう。実際そうなって来てるし。