櫻

偶然と想像の櫻のレビュー・感想・評価

偶然と想像(2021年製作の映画)
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住んでいるここでは夜、空を見上げても星のひとつも見当たらないことの方が多い。毎日、仕事を終えて帰路につく時、そこには暗闇をぼおっと照らす幽霊のような営業時間外の店の看板か街灯しかないのにほっとする。わたしはいつも自分を通して誰かの夢のなかを生きている気でどこかいるのだけれど、この時わたしは自分の目に入ってくるものたちが息をしていないように感じて、異界に急に踏み入れた人をとおくから観ている感覚になる。わたしはきっとわたしのことがわからない。わたしは誰かや何かを通してでしか、わたしを見つけられない。自分以外の何かを通過することで、あるいはしばらく留まることで、わたしのなかにある揺るがない固有なものを見つけられる。そうして何とも似ていない光をもつ。それがほかの多くの人にとっては価値のないものだとしても、わたしはそれを愛しとおせるだろうか。同じ光を放つ人を見つけ出せた時、大切にしていたそれを見せ合うような時間を過ごして、またそれを宝物として抱きしめて生きていく。いくら生きてもわからないわたしと、同じようにきっとわかっていないあなたと出会い別れるために。曖昧で身勝手な神様は、わたしたちに一瞬だけ魔法をかけてきえていくから。
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