白瀬青

コーダ あいのうたの白瀬青のレビュー・感想・評価

コーダ あいのうた(2021年製作の映画)
4.6
広い海に負けないくらい伸びやかに作業歌が響き渡る。少女は気持ちよく歌いながら、大量に魚のかかった網を引き上げる。しかし一緒に働く家族は誰も、彼女の豊かな歌声を知らない。
「CODA」とはろう者の家族の中に生まれた健聴者のこと。主人公のルビーは家族の中でただひとりの健聴者で、歌が好きだ。
そんな彼女が合唱部に入ったら、なんやこの子めちゃくちゃ歌うまいやんってなって、音大への進学を勧められるんだけど、家族の誰も歌を聞いたことがない(※父親は大音量で音楽を流して低音の振動を楽しんだりはしている)、大学なんて行ったことがない(どころか都会でかえってバカになるという偏見まである)、しかも家族の漁船で唯一の健聴者なので家族を置いて出て行ったら仕事ができないのではというジレンマでルビーの心は揺れる。

Twitterで「手話のネイティブしかいなくてすごい」と話題になったらえらい反発起きてた作品ですが、とにかく偏見を捨ててこのすごさを観て欲しい。実際にみると手話の演技力が今まで見たほとんどの手話シーンと桁違いですごいです。これは観ないとわからない。
手話は言語なのだという意味が解る。英語が解らなくても私達は声音でその人が怒ってるか悲しいか笑っているか笑わせてるかと解る。同じように生活の言語として演じられた手話は手話が解らなくても魂で解る。実際、字幕のつかないシークエンスがあるが、手話を知らない健聴者の私達は、字幕を見るよりも強くその意味を受け取るはずだ。
音痴でふだん歌わない役者を、それでも演技の力で歌の天才を演じるのが役者だと言って配役する人はいないでしょう。
主人公の歌のうまさ、その震えるほどの演技力に匹敵するものが一家の演じる手話にはあった。当事者のキャスティングは倫理ではなく作品の説得力とクオリティの底上げなんだと痛感する。

かと言って堅苦しく真面目な感動映画ではない。
男も女もどぎつい下ネタを爆裂させ、セックスに対してめちゃくちゃあっけらかんとしている漁師町あるあるノリがあるあるすぎて笑ってしまう。

健聴者の家族であっても、ひとりだけ家族の理解しない趣味に秀でることはあるはずだ。家族の中でひとりだけ音楽が好きだったり本を読んだり絵を描いたりする人がいたら、それを極めたくて進学しようとしたけど下手に頭が良かったり器用だったりで大好きな家族に頼られてしまって放っておけなくて遠くの学校なんかいけなかったよっていう人がいたら、そもそも家族に大学行った人なんていなくて進学したいって言ったらみんなぽかんとなってたからあきらめたよっていう人がこれを読んでいたら、すごくすごくその人に観てほしい。
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