ラウぺ

グレート・インディアン・キッチンのラウぺのレビュー・感想・評価

4.0
インドの上位カースト同士の家で見合い結婚をした夫婦。はじめは初々しく幸せそうな二人だったが、妻は結婚すると厨房での仕事、家事に追われる毎日。姑は娘の出産準備のために家を空けることになり、家事は妻が一人で行うことになった。夫や義父は妻に優しく接するが、儀式や伝統を重んじ、妻は家事を献身的に行うのは当然と思っている。延々と続く家事の毎日とそれを当然としか考えない家族の中にあって、妻の不満は徐々に高まっていく・・・

最初は料理番組風の厨房の描写が続き、手の込んだインド料理のレシピに飯テロ映画的側面を期待したものの、実際にはまったく逆で、あまりに悲惨な日常に食欲も失せる鬱展開が続く。
細かいカット割りで料理の場面を延々と映し、それと同じウェイトで後片付けの場面を延々と映す。それが殆ど無限といってよいくらいに繰り返される。時折挿入されるのは厨房以外での掃除などの家事の場面。
このしまいに飽きるまで繰り返されるパターンは当然意図的に行われているもの。

家柄も良い家らしく伝統行事や迷信としか思えない俗信により妻は必要以上に過重な労働を強いられる。
インドの家庭生活というものをあまり知らないということもありますが、カーストや宗教絡みでさまざまな制約があるらしいことは想像に難くありません。
そのなかで特に驚くべきは、生理中の女性は不浄とされ、厨房での仕事はおろか、家庭内のあらゆる物に触れることもできず、更に夫が巡礼期間に入ると、生理中の妻は人に姿を見せることさえ許されない。
夫と義父が名家の伝統を殊更重んじる家風を受け継いでいるとする設定はこの作品のテーマを補強するための意図的なものであることは確かですが、主婦は高学歴であっても家庭を離れず、伝統に従って家事に専念すべし、という考え方や過重な負担が主婦に掛かってもまったく配慮が見られない様子など、典型的なミソジニーというべきもの。
特に夫は自らの倫理観を家庭内と外で使い分け、妻の不満を聴こうとせず、身勝手なセックスを強要する。
観ている側の不満も頂点に達し、不愉快極まりない展開が続く。

これは娯楽作品というより、インドの因習による不当な女性への差別を告発する非常に強烈なメッセージを発信するための映画であり、そのような因習に囚われた古い価値観の人間(男性だけとは限らない)はすべからく観ておかなければならない映画でしょう。

主婦と夫に役名がないのも、名もなき主婦と夫とすることで、劇中の“ある一家の出来事”ではなく、一般化されたインドの家庭での出来事として捉えて欲しい、という製作者の意図によるものではないか、と思います。

これは西欧化された近代文明国民であれば、そのような極端な例は既に過去のもの、と思う向きもあるかもしれませんが、これほど極端な例はともかく、根を同じくする女性差別の意識が完全に払底されたと胸を張れる人が世間にどれだけ居るのか、観る人それぞれが自身の胸に手を当てて考えてみなければならない問題だと思います。

あまりの鬱展開に途中で劇場から逃げ出したくなる映画ですが、95%くらいの鬱展開以外にも、5%くらいはそうでない場面もある、とだけ言っておきましょう。
また、映画の冒頭に“科学に感謝”とのクレジットが出ますが、はじめは何のことだか理解できなくても、観終わってみるとそのクレジットのもつ意味が明確に理解できると思います。
ミソジニーと後ろ指指されないためにも、劇場から途中退場せずに最後まで見届けるのが、現代文明人としての務めであると思います。
ラウぺ

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