keith中村

イノセンツのkeith中村のレビュー・感想・評価

イノセンツ(2021年製作の映画)
5.0
 U-NEXTに550円で来てたので、「うん、これは傑作だったから、もっかい観たい。550円くらい余裕!」と思って観始め、ふと「あれ? 去年のベスト10に入れてなかったっけ?!」と気づいてしまった。
 そうなんですよ。こんなの余裕でベスト入りする作品なんだけれど、候補作をリストアップしたときに何故か漏れてしまったみたい。選んでなかった……。
 私のプロフィールの「ホラー及び恐い映画部門」の2位はこれに訂正します。
 そんで、「SISU」以下は3位からにずれてもらって、「FALL」は、ごめん! あなた選外に落とすわ! 「FALL」だけに勘弁したってや!
 
 調べたら観たのは去年の8月3日、豊洲でしたね。
 観終わって、猛烈に「童夢」を読み返したくなったんだけど、とうに処分してしまっているので、Amazonで買い直しました。
 3000円近くもしましたよ。
 私はいちばん多い時で自宅に本棚7架分みっしりの書籍を持ってたんだけど、引越しを重ねるうちに泣く泣く処分を繰り替えし、「童夢」だって「ショートピース」だって「AKIRA」だって全部なくしちゃった。
 そんなわけで、40年振りくらいに読む「童夢」でしたが、やっぱ最高でしたね。

 さて、本作には「『童夢』がクレジットされてないじゃないか問題」がありますが、私は「そこまで目くじら立てなくてもいいんじゃない」派。映画もそれ以外の芸術も、影響して、されあって、高次に行くもんじゃん。
 本作が「童夢インスパイア」だとしても、原作にないアップデートの凝らし方が見事です。
 
 アップデート案件の中で、いちばん面白いのは本作が「チームもの」になっているところ。
 「チーム」→「仲間割れ」→「決戦」と、関係性が変化していくのは、原作(あっ! うっかり、そう書いちゃったよ!)におけるエッちゃんとチョウさんの序盤からのシンプルな対立構造より複雑性を増している。
 あと、チョウさんは中身は子供だけれど実際にはお爺さん。こっちはあくまで本当の子供たちだけの世界で完結している。
 
 それに、原作(←で通すことに決めた)では「事件」と「捜査する警察」に視点が分かれていたのを、「一人称視点」のみに置換したのも、さらに物語に緊張感を高めることに成功している。
 いや、本作は実質的な主人公であるイーダが知り得ないこともそこそこ多く描かれているので、「イーダの一人称映画」ではないんだけれど、「主要な四人の子供たちの一人称映画」にはなっている。
 
 原作では団地の爆破(じゃないな。念力破壊?)のような派手な描写があるけれど、こっちはひたすら地味。
 その代わりに、原作にない胸糞悪い描写が多用される。
 子供による猫の虐待死(あの猫、うちのルキちゃんと柄がそっくりだったので、劇場でも今日も「これは作り事。これは作り事」とそのシーンの間はずっと、どうかなりそうな自分に言い聞かせてた)。
 子供による親殺し。
 親による子殺し(←「デビルマン」!!)。
 ほんとに容赦ない。
 このあたりも日本映画やアメリカ映画では絶対描かれない類の描写なので、相当ショッキングだ。
 
 能力がないイーダを主人公に据えたのも素晴らしい。普通はどう考えてもイーダを「エッちゃん」役に据えるよね。
 まあ、最終的にはイーダも能力を獲得するんですが、たとえばほら、第二幕ラストでイーダがママに「意地悪な子がいたら、どうしたらいい?」って訊くじゃん。あの時点ではまだ能力は発動してないんですよ。
 当然、「誰も知らない 知られちゃいけ~ない♪」だから、ママには本当のことは打ち明けられないし。
 あそこってさ、9歳にして死を覚悟しちゃってんですよね。辛い……。
 
 俺さ、去年の暮れにどっちかって言うとそこそこ「アンチ」な気分で劇場に入った「SPY×FAMILY CODE: White」が大好きになってさ。で、そこからテレビシリーズにもどっぷりハマって。
 「犬さん、未来は頑張ったら変えられる?」のセリフに号泣したんですが、今日思い出したわ。あの感覚は、同じく去年の夏に観たこの場面の感覚だったわ。
 
 明けて翌日からが第三幕ですが、アーニャが、おっと違った、イーダが出かける前にママに抱き着くじゃん?!
 ここも号泣。
 しかも、この時点ではイーダは能力ないから、物理でいくしかないのさ。
 「財布にあるお金の金額を確認」→「おもちゃ屋さんで飛行機の玩具購入(ここがわざわざ描かれてないのも好き!)→「ベンジャミンを『あっそぼ~』と誘う」→「歩道橋誘い出し」→「突き落として殺す!!」
 みんな能力あるのに、イーダちゃんだけ持ってない。けど、「終わらせなくちゃ」の気持ちだけで物理で頑張るのさ。
 そりゃ、死をも賭す覚悟だよね。
 
 あ、ちょっとだけ物語を巻き戻すけど、アイシャちゃんがベンの「念力心臓鷲掴み」で殺されそうになった時に、ズームの潰し画でゆっくり歩いてくるアナちゃんのショットも鳥肌ものですね。
 「おねえちゃ~~ん!! 頼れる~~!!」ってなる。
 
 本作ではイーダちゃんに(終盤まで)力がないのも面白いツイストだけれど、イーダちゃんは悦ちゃんと違って、まあまあ悪い子じゃん。
 お姉ちゃんをつねったり、靴にガラス片を入れたり。あと、ミミズを踏み殺してたよね。
 ベンの悪さには流石に引いてるけど、自分だってそこそこ悪い子。
 このリアルさがいい。
 
 「イノセント」ってまずはそういう意味ですね。善悪の判断の前に、ただただ「無邪気」
 最終的には彼女ももっと正しいほうの「イノセント」に到達する。
 
 っていうか、本作はその複数形の「イノセンツ」。
 アイシャちゃんとアナちゃんは根っからのイノセンツ。そうじゃなかったイーダちゃんが真のイノセントになるまでの成長譚。
 最終決戦を前に超能力を開花させるイーダちゃん。アナちゃんと手を繋ぐ。
 遠景から見守る数多の子供たちも「チーム」として協力し、邪悪なるものを駆逐する。イノセンツ。
 
 昔持ってた「童夢」のカバーは、瓦礫と化した団地を背に、泣きながら前進する悦ちゃんの姿でした。
 本作で印象的なのは、「団地を背に『ここに住む人々のささやかな幸せを決して崩壊させまい』と、水溜まりを隔ててベンくんに対峙するアナちゃんの姿」。決して泣かない。
 そこに加わるイーダ。手を繋いで。念じて。
 
 あ、今日ね。
 東京は大雪(ったって、大したことないよ)だったんで、「早く会社から帰りなさい令」が出たんですよ。
 で、5時過ぎに会社を出た。
 「ラッキー! この時間に会社出たら、有楽町で『コット、はじまりの夏』観られんじゃん?!」って思ったけど、流石にそれを観終わってから自宅まで帰れなくなるのも怖かったんで、真っ直ぐ帰って本作を観ました。
 いや、よかったな。
 
 6時過ぎには本作をスタートさせたんです。
 で、余裕で寝るまでに二本観られるから、「二本目は超能力つながりで『スキャナーズ』かな~」なんて考えてたんだけれど、序盤で「うぅわっ! 本作を去年のベストランキングから漏らしてたわ!」ってなっちゃったんで、このレビューを書きました。
 
 お姉ちゃん、ほんとに素晴らしかったよね。
 妹のイーダ視線から始まる本作なんだけど、イーダちゃんが生きながらえてママと二回目のハグをしてる手前、ラストでアナ姉ちゃんが「描いては消し、描いては消しできるオモチャ」(←あれ、何て名前? 振ったら消せる磁気のやつは俺も子供の頃持ってたけど、巻き取り・巻き戻しでリセットできるあれは見たことない)の、茶色が多めの「邪悪なもの」を全部消去し、真っ白になったキャンバスに筆を滑らせる手前で映画は終わります。
 
 アナちゃん。あなたのキャンバスはまだ真っ白だよ。
 君はどんな絵でも描けるんだよ。描いたっていいんだよ。
 
 「泣けるホラー映画」ジャンルに、またひとつ傑作が産まれました。
 「スキャナーズ」は大友先生の「AKIRA」に影響を与えてるんだから、パクりパクられはもうみんな不問にしようぜ!