平野レミゼラブル

吾輩は猫である!の平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

吾輩は猫である!(2021年製作の映画)
2.7
【マクガフィンという名の猫──名前はまだない。】
僕は映画を観始めるようになってから特にジャンルに拘らない雑食系だなァと自覚するようになってきましたが、それでも唯一絶対に観ないジャンルがありましてそれは猫映画。別にそこに深い理由とかはなく、ひとえに僕が猫が嫌いってだけなんですがね……だから『ボブという名の猫』とかいくら名作と言われても、猫が主題な時点で微塵も観る気が起きない。一応、現実の猫が嫌いってだけなんでキャラクターとしての猫が活躍する『羅小黒戦記』とかは好きなんですけど。でもなんでか『キャッツ』は観に行った。なんでだ。
そして、夏目漱石の名文学をもじったタイトルを冠す本作も、借金のカタとして取られた猫を巡った争奪戦が繰り広げられるインディーズ・ノワールでして、正直「猫なんて放っときゃいいだろ…」と思ってしまう僕にとっては最も興味の持てない内容の映画です。

ただ…!主演が空手黒帯でキレキレなアクションを魅せてくれる武田梨奈で、役柄も対戦相手を半殺しにしてしまって留置場に入れられていた地下格闘家とあれば、期待せざるを得ないのですよ!!
しかも、物語自体も名無しの猫、猫を取り返そうとする債権者の娘、猫を守るために勤務初日から反逆を決める借金取りのバイト、それとは別にある計画を進めている格闘家周り……といった具合に次々時系列と視点が切り替わっていく群像劇ともあって非常に面白そう。
それこそ、バッチリキマればアクションを楽しむだけでなく、二転三転するであろう物語にものめり込める快作になると見込んだのですが……


な~んか、どうにも巧く行ってるとは思えないんですよねェ~……何というか「猫嫌い」というハンデを無視して観に行ったけれども「こんなもんかァ……」とちょっぴり期待外れというか……
いや、中々面白くなりそうな部分はあるんですよ。特に債権者の娘・すずがヤクザの地下核闘技場に突入していく部分で魅せる華麗なパルクールは意外な見せ場で驚きましたし。武田梨奈のアクション目当てで観に行っただけに、すずを演じた黒田百音さんという新たな注目株の収穫があったのは大きい。
ただ、それ以外の部分、アクション・群像劇・ノワール…といった作品を構成する全ての要素がどうにも中途半端で巧くキマらないまま進んでしまった気がしてならないです。

普通、こういった争奪戦系群像劇には一種のマクガフィンというか起点があるじゃないですか。『スナッチ』のダイヤモンド然り、『藁にもすがる獣たち』のカバン然り。
そして、本作においては猫がもちろんその役割を果たすワケなんですが、どういうわけかヤクザから持ち逃げされた大金まで絡んできてしまって起点がブレッブレになってしまう。しかもこの大金、基本的に格闘家周りでしか展開しないので「大金が誰の手に!?」みたいなドラマに発展するでもなく、中盤からその行方すらおざなりになってフェードアウトするといった具合に機能不全を起こしています。

格闘家周りのドラマは他にも要素を詰め込みすぎでして、同性愛とか記憶喪失とか活かしきれれば滅茶苦茶面白く出来そうなのに、そのどれもが全く活かしきれないまま処理されてしまう。
特に武田梨奈演じる美那が記憶喪失な部分があまりにデカすぎる損失となっていて、本当に何もかも忘れているせいで完全指示待ち人間と化しちゃっているんですよ。これがあまりにも致命的で、アクションにおいても受け身状態となってしまうため、武田梨奈のキレキレのアクションという強みが生きてこない。
物語が進むにつれて記憶を取り戻してキレを取り戻していくのかと思ったら、断片的に思い出してその都度衝動的に動いてしまうって感じなので一体何をしたいの…と思ってしまいます。あと、最後まで記憶は完全に戻らないので、彼女の本当のパーソナリティは全くわかることがない……大金奪取計画の立案者がこの始末なので、美那視点は終始gdgd気味です。

他にも津田寛治の行方(ナメカタ)はナメてた相手が…系を踏襲しているけど、いかんせん唐突すぎるので後だしジャンケンっぽさが否めないし、津田さん自身がアクションに秀でてるわけでもないので説得力が不足しています。
じゃあ、他のアクション出来る武田梨奈や黒田百音は良い感じなのかというとそこもちょっと微妙な部分が多く、やっぱり動ける人を揃えていても撮影がマズいとあまり面白い画にならないな……って。カット割が多すぎて何やってるかわからない上に、武田梨奈のアクションについていって受け身取れる人が少ないから接待プレイじみたところが多いんですよ。
黒田百音のパルクールは、一人称になる演出と合わせて面白くはあったけど、どっちかというともっと引きの画でパルクール観たかったんで複雑。一人称パルクールだと『ハードコア』で観れるし……ってなっちゃうからね。

そんな感じであらゆる「面白くなりそう…!」って要素を網羅しているんだけど、全てが「面白くなりそう…!」ってままで終点まで辿り着いちゃった作品って感じで不完全燃焼感がかなり強いです。「猫」「大金」「記憶喪失」「ナメてた相手が…」「パルクール」「アクション」これら全てを綺麗に繋げて群像劇を展開出来ていれば、それこそ傑作にも成り得ていただけにね、ひたすら惜しいと感じました。
でも、色々と挑戦的な内容ではあったので、この辺りの脚本とアクション撮影を練り直して、またやって欲しい気持ちは強いですね。今年の『ベイビーわるきゅーれ』レベルにムーヴメント起こせるだけの成長の余地は十分に感じられる。


そういや、劇中の主舞台であるヤクザの事務所兼地下格闘場、なんか既視感があるな~と感じていたんですが、階段のある大広間で武田梨奈が戦い出した辺りで「『ある用務員』の学校だァーッ!!」ってアハ体験できて滅茶苦茶気持ち良かったです。
もう、一度気付いてからはあらゆる場面が『ある用務員』とオーバーラップしだしちゃいまして「あっ!ここは殺し屋がピアノ弾いてた大ホール!!ここは髙石あかり&伊澤彩織のJKアサシンコンビと激闘を繰り広げた図書館!!」と別な意味で興奮しきりでした。
普段ライダー観てる人が「いつもの採掘場」とか言ってる感覚ってこれなんですね。だからなんだよっつー話ですが。