平野レミゼラブル

ファルコン・レイクの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

ファルコン・レイク(2022年製作の映画)
3.8
【弓矢が駆け抜けた軌跡/翼を散らして/心臓を束ねても/鎮魂歌には早すぎる】
作中で巨大な狼を相手取った少年が自分の手を噛んで変身するという「なんか『進撃の巨人』みてーだなァ」っていうアニメが流されるんだけど、その後に答え合わせのように日本語で「ミカサとアルミンが~」って台詞が聴こえてきて(梶裕貴ボイスではない)思わず笑ってしまった。
なんだこの『進撃の巨人』のパチモンアニメ!?!?

因みにこの謎パチモンアニメ、その後も主人公とヒロインの間で「自分の手を噛み千切れるか?」という内容で度々話題になり、「自分の手を噛む行為」が「自分自身の殻を破る」という行為のメタファーにも繋がっていく……というように何気に重要なファクターとなっています。
本家『進撃の巨人』でも「よく自分の手を噛み千切れるな」みたいなやり取りもありますし、それを踏まえて挿入したのでしょう。
ヒロインの部屋にはカオナシも何か貼ってありましたし、この監督、フランス人ともあって相当に日本のサブカルが好きですね……!本来ならこの部分、本当に『進撃の巨人』のアニメ映像を使いたかったけど、版権の許可が下りなかったのでパチモンアニメ創って妥協したと見た。


……巨人の話はいいんだよ。
ストーリーとしては14歳を迎えるバスティアン少年が、母親の友人の別荘へと一家全員でバカンスに行き、そこで友人の娘である3歳上のクロエとのひと夏の思い出を描いた青春作です。
シチュエーションや16mmカメラでの撮影からして『aftersun/アフターサン』っぽくもありますが時間軸は現代ですし、どこか抽象的だったそちらと比べてこちらは雄弁に物語綴っていく感じです。

ところで個人的に一夏の思い出の青春モノって『スタンド・バイ・ミー』や『夏の庭』のように、常に「死」が隣り合わせで付き纏ってくるイメージがあります。
日本人的にはお盆からの連想もあるでしょうけど、映画としては子供たちがぐんと背伸びをして、大人になることへのメタファー…って発想があるように思えます。大人になるどころか、その先に待ち受けている人生の終わりまで一気に触れて成長したがるってことなんでしょうかね?
そして、本作もまたその類の話であり、タイトルにもなっている「湖に出る幽霊」の噂が、しっかり「死」の存在を匂わせてくるという。

湖に浮かぶ「何か」を長々と映し出すファーストカットからして決定的でしたが、本作ではどこか「死」を意識させる仕掛けが随所に仕込まれています。
湖に出る幽霊の噂の出所はクロエなんですが、彼女はどこか「死」に焦がれて陶酔しているようにも見える。冒頭の「何か」の正体も湖で揺蕩い遊んでいたクロエであり、彼女は常に「死」を纏っているからこそ妖しげな魅力を放っているのです。
そしてその魅力に惹かれてしまうのがバスティアン少年で……

早い話、本作のメインは年上のお姉さんに憧れを抱いてしまったバスティアン少年の懊悩ですよ!!
こっちの気持ちを知ってか知らずか、クロエはしょっちゅう下着やビキニ姿になるし、時折ドキッとするような絡み方をしてくるのでいやあスゴイ……観ていて「エッチすぎんだろ…!!」を何度も連呼してたよ……

「死」のある意味対極となるテーマって「性」だと思うんですが、こちらもかなり前面に押し出しています。
いや、ちょっと蓮っ葉な感じのお姉さんが一緒にいるってだけで雰囲気が嫌らしいのに、そっからお姉さんが彼氏とヤッてるだの何だのの話になったら心臓が喉から飛び出るに決まってんでしょうが……!!エッチすぎんだろ…!!

「彼氏とヤッたの?」
「ヤッたよ」
「そうなんだ…」
「嘘、ヤッてないよ」
「そうなんだ…」
このやり取りとか、「そうなんだ…」が同じ言葉なのに真逆の意味で聞こえてきますからね。落胆と安堵。どこかピュアなバスティアン少年にニヤニヤしてしまう。
あとついでにクロエ、奥手なようで普通に挑発的ではあるため、水着姿で一緒に浴槽に入って洗いっこしたり、泳ぐ練習してる最中にトップを脱いでおっぱいみせてこようとしたり、部屋のドア全開にしておもむろにオナニー始めたりでシンプルにエロいです。エッチすぎんだろ…!!

そんなクロエお姉ちゃんに振り回されるバスティアン少年は、何か夢精しちゃったりする辺り色々溜まっていて気の毒。
夢精したパンツを洗ってる途中で、よりにもよってクロエ姉ちゃんが帰ってきたから急いでノーパンで布団に潜るけど、こんな時に限ってお姉ちゃんは同衾を薦めてくるとか面白かったですね。
解決方法としてシーツを全身に被るお化けごっこして移動することで巧く誤魔化していました。思春期特有の性への向き合い方は微笑ましいです。

一方、大人と思っていたクロエ姉ちゃんも、背伸びして年上のグループと付き合ってるんじゃないかって描写もあり、少年だけではない少女特有の性の焦燥みたいなものも丹念に描写。
何かクロエ姉ちゃん、年上メンバーと一緒に酒や煙草嗜んだり、夜中にパーティーするよりも、バスティアンとその下の弟と一緒にジグソーパズルやってる時の方が楽しそうな感じなんですよね。
少女の火遊びが少年を焚き付けてしまったり、逆に少年の背伸びが少女を傷付けてしまうことに繋がったりと、インモラルな性の相干渉は中々に複雑です。

そうなってくると、クロエが「死」に惹かれているのも、実はそんな思春期特有の背伸びの延長線に過ぎないんじゃないかって気もしてきます。
この歳ならではの死生観というか、一時的な破滅願望みたいなもので、こうして俯瞰してみるとクロエの妖しげなオーラが一気に剥がれていくのだから不思議。
ただ、本編内には結構ホラー的な演出もあったりして、映画全体にどこか不穏な空気も漂っているので最後まで気は抜けないのです。

死人が出たなんてニュースはネットにも載っていないのに、しきりにクロエが「いる」と断言する湖の幽霊。
果たしてそれは思春期の感傷が生み出した幻影なのか、確かにすぐ隣にある「死」の具現化なのか……少年と年上の少女の微妙な関係性が限界まで描写され高まったその時『ファルコン・レイク』の正体は明かされることになるのです。