平野レミゼラブル

SAND LANDの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

SAND LAND(2023年製作の映画)
4.8
【砂塵舞う大地にハチャメチャが押し寄せてくる!!】
チョー面白ェ……!!
ラゴンボ終了から5年後の2000年、週間少年ジャンプに急遽掲載され世界各国で人気を博した鳥山明先生の傑作の3DCG劇場アニメ。
連載回数全14回・単行本にして全1巻という短期連載作品としてリリースされましたが、短い分濃密に、鳥山明の精緻な作画とストーリーテラーとしての実力が如何なく発揮された単純明快痛快無比な冒険譚となっていまして、これが実に劇場アニメ向き!!
水を求めて砂漠を行って戻るという『怒りのデス・ロード』の先駆け的な英雄物語に、超本格的な戦車による戦略戦まで加わって、ちょっとこれは面白すぎます……!!今年のベスト候補だわ、これ。

何が面白いって超高度な戦車アクションが拝めるってコトですよ!!
ドラボルと違って主人公のベルゼブブは強いは強いけど、1人で一個大隊を相手取れるほど規格外の強さではなく(間違いなく徒手空拳であれば作中最強ではある)活躍する場は限られるため、多くの場面で鍵を握るのは戦車を使った戦術になるわけです。
その戦術というのも逆光を利用した目眩ましだったり、爆弾を空中で爆発させて金属片を散開してレーダーを攪乱する簡易チャフ作戦といったように滅茶苦茶硬派で本格的。
筋道通った物語展開の時点で相当に面白かったのに、このチャフばら撒きを特に詳しい説明もなしにやってのけた時にゃ「なんやこの本格的な戦術は…!(ギュンギュン」と面白さのギアが限界まで跳ね上がりましたよ……!!

これを可能にしたのが戦車内部の細かい機構まで丹念に描かれたサンライズ・神風動画・ANIMA共同による超3D作画でして、いや本当にメカニカルな描写がカッケェー……
各種発進ボタンやレバーを弄り回し、操縦桿握って運転を始めるシークエンスからしてワクワクが止まらなかったよ!!
操縦士のラオさんが戦争自体にかなり思うところはありながらも、それでも「戦車は好き」というロマンを大事にしてる気持ちが痛いほどにわかります。
作中に登場するのはフォルムが可愛らしい架空の豆タンクですが、メカ描写や戦術は悉く硬派なのが良いのです。

ビックリするのが本作で描写される戦車戦、原作にはないオリジナルの戦術が多く組み込まれている部分ですね。前述の簡易チャフも映画オリジナルでしたし、そこからの決着もそれこそ実写の『T-34』を思わせる激熱かつ独自の盛り上げ方。
しかも本作、子供が見ても大丈夫なようにわかりやすく、そして戦術に必要な道具も事前に提示しているという丁寧さもあってマジで頭の良い人が描く軍記物になってるんですよ。

子供向けとしても製作していながら決して舐めていない。本格的な架空戦記をわかりやすく楽しませようって意気込みでやってるのが最高すぎるんスよね……
感覚としては『ワールドトリガー』に近しいです。アレもニチアサで放映されていて大好評だったと聞きますし、こういう戦術メインの講談ってやっぱり老若男女問わず最高の娯楽足り得るんですねェ……

戦車戦だけじゃなく、それこそドンボルみたいな個の強さを示す格闘戦もちゃんとあるのが嬉しいところ。
肉弾戦最強のベルゼ王子の華麗な徒手空拳も、本気を出した時のブッ飛ばしぷりも、ちゃんと速さと外連味を込めた大迫力。
ベルゼ王子の大活躍は終盤なんですが、そちらも対戦相手や場所を盛りに盛る対応をしているため、普通に原作の面白さを超えています。
あらゆる方面での戦闘を楽しませる徹底したエンターテイナーっぷりには脱帽しきりですよ。落ち着いた感じの原作の決着も良いんですが、子供も観るエンタメとしてもこちらの方向性で大正解。むしろ、俺自身がこっちのが好きなんだよな。

まあ、子供向けと言うには登場人物が見事にジジイしかいねェという渋さなんですけどね!!ただ硬派な戦術もあって熟練のジジイカッケェー映画としても成り立っています。
特に、クソ真面目で最強の知将でもあるラオさんのキャラは魅力的過ぎて本当に惚れてしまう。まあ、ベルゼ王子が最低でも2500歳くらいなんで、61歳のラオさんはガキと言って差し支えないんですが。

ジジイしかいないともあって、キャストも山路和弘(ラオ)、チョー(シーフ)、鶴岡聡(アレ将軍)、飛田展男(ゼウ大将軍)と軒並み渋めなチョイスで固めててスゲェッスよ。
というか、ベルゼ王子役の田村睦心ってマジで紅一点じゃない?女性キャスト、他にモブの老女くらいしかいなかった気がするよ……

ただ、声優がこうも実力派揃いとなると会話のテンポがかなり良いんですよ。そのため、道中安心して軽妙な掛け合いに聞き惚れてしまい耳が幸せすぎる……
鳥山先生の作劇の魅力って、キャラクター同士のどこかゆるくて可愛らしく、それでいながら含蓄深いような会話劇にあるとも思っているので、これを素晴らしいバランスで演じられる実力派声優が演ってくれるってだけで嬉しい。
特にベルゼ・シーフ・ラオのボケ・ツッコミ・マジメから成る主人公トリオが最高。舞台挨拶でチョーさんが仰られてましたが、コメディの基本はこのトリオの掛け合いにありますからね。
どこか子供っぽい悪魔のベルゼとシーフの純粋さを、後ろから微笑ましく眺めたり驚いたりするマジメくんラオの反応で引き出す。このやりとりがいちいち可愛らしくて悶えちゃう。

そんな軽めで楽しいやり取りが主ながらも、ストーリーの背景は戦争と気候変動で荒廃した砂漠の国。生活を王国が高値で売る水に頼るしかないというディストピアという辛さがあります。
他にも民族浄化などのかなりハードな設定も余さず描かれており、ちゃんと世の中の負の側面も描く、ラオのように生真面目な作風が物語に深みをもたらします。

基本的にベルゼら魔族はイタズラはするけど殺人はしないって設定がありまして、実は魔族の方が人間よりもよっぽどピュアな存在だったりする。
マジメなためどこかピュアなままのラオは、そんな自身の汚い人間としての負の側面に苦悩するのですが、徹頭徹尾純粋な悪魔の2人に救われているって構図も凄く気持ちが良いです。
この人間と悪魔の絆が深まる過程を、サラッと描いていくバランスも素晴らしい。

だからこそ物語の大筋は王道中の王道である勧善懲悪単純痛快西部劇でいられるワケで、これほどまでに娯楽の基本を押さえられた作風を貫かれちゃうと気持ちが弾んでしまうのです。
本当に夏の一大エンターテイメントに相応しい超傑作で、これはもう胸を張って全ての人にオススメできる。
特に「今年はドゴンボの映画はなくて、鳥山さあの別の作品かァ~……よく知らんしやめとこ……」ってのは一番勿体ないッスよ!こんなにも不朽の名作の条件を満たした娯楽大作は早々ないですからね!!
鳥山先生の天才性も、令和の戦車ヲタの熱量も、3Dアニメ技術の粋の粋も存分に堪能してほしい……!!!!