真田ピロシキ

エルピス—希望、あるいは災い—の真田ピロシキのレビュー・感想・評価

4.5
日本の報道がほとんど政府発表の垂れ流しになってもはや大本営発表化待ったなし。「〇〇には議論を呼びそうだ」お前らの意見を言え!「これも麻生節という感じでしょうかと政治部の記者は苦笑いして語る」麻生節とやらと同じくらいこの記者がムカつくわ。「最近若者の間で風呂なし物件が流行っている」金がないから仕方なくに決まってるだろ。プロパガンダしてんじゃねー潰れろ!などなど嫌になることばかり。かと言ってネットはさらにゴミ溜めだし。そんな報道への信用が限りなく低くなっている中で、こうあって欲しいという希望を込められた入魂の社会派ドラマ。しかも民自党という名前はありがちで特筆するものでないとしても、劇中の現職総理は安倍晋三として画像を用意しモリカケという言葉がハッキリ出てきて批判的なニュアンスは嗅ぎ取れる。まだ殺されてそこまで経ってないのにこれをやる意思。企画を立てた人たちも通した人たちも相応の覚悟がいっただろう。こういう本物の映像制作者がいることに感動した。

TV局の新人ディレクター岸本(眞栄田郷敦)は良いとこのボンボンかつ高学歴で自己評価は高いが実際のところは並の人間。そんな彼がヘアメイク係のチェリー(三浦透子)に脅されて、深夜バラエティに落ちぶれているかつての花形アナウンサー浅川(長澤まさみ)と過去の連続殺人事件について調べることとなる。そこで浅川は過去の欺瞞に満ちた報道を後悔してて、その中で安倍晋三本人の画像がそのまま引用。警察が権力者の意のままに動き白を黒、或いは黒を白とするのは安倍が死んだ途端様々なことが明るみになったことを思うと非常にリアリティがあって、誰も困らないからとスケープゴートにされた松本さん(片岡正二郎)の姿は障害者で左翼な自分には他人事と感じない。弱者叩きと権力崇拝が大好きな普通の日本人様は喝采を送るさ。死刑は日本人様の国民的娯楽。通知もなしに突然処刑。死刑囚に人権なんか必要ないもんねー法務大臣のノルマ達成のためにハンコを押すだけのお仕事。

浅川が発言力と覚悟を持ったヒーローであるのに対して、岸本はとても弱い。最初の段階から上司の村井(岡部たかし)に冤罪を突つくことは国家権力の闇を敵に回すことだと脅されるとビビって脱落する。それでも「手助けはしたいです」と協力を申し出て都合の良い奴と言えば確かにそうなのだが、空気に流されがちで脛に傷を持っていても「正しいことがしたいなあ」と思えるか弱い善良さはとても身近な存在であり、正しさをこそ忌み嫌うクソどもが溢れる今の世では貴重。終盤、雑誌編集長に「(心に)あるべきものがある。それを捨てることができない。死ぬまでそれの奴隷なんだよ」と言われる岸本の不器用な熱意が多くの人の心を動かしたことに込められた意味。セクハラパワハラモラハラの昭和オヤジ村井もバラエティに飛ばされた元報道部の矜持はあり、軽い態度を取りながらも浅川と岸本のスクープは処分覚悟で流させ、後半僅かに信じてた報道の全てを踏み躙る事件が起きるとブチ切れる。正義なんて高尚なものじゃなくても、こんなことをそれが現実さと黙って受け流せるのは人間じゃない。清濁合わせ呑むという言葉は今ではネトウヨが濁しかない最低人間を擁護するための言葉になり果てているが、村井は本当の意味で清濁合わせ呑めている。そんな村井が勝手に燃え尽きたと言ってる時は浅川は「甘ったれないでください」と突き放し、岸本ともお互い反発したかと思えば教えられててこの3人の関係がドラマの面白さを深める。

ドラマ終盤は冤罪事件の背後にいた副総理大門(山路和弘)に関わる巨大スキャンダルがあり、それを浅川の元恋人で今は大門の後継者と目されている斉藤(鈴木亮平)に説得されるのだけれどこの斎藤の言ってることがちゃんちゃらおかしい。斎藤は理路整然としたことを言ってるように見えるが、「今のこの世界情勢で内閣総辞職や政権交代が起こったら日本がどうなるか」なんて意地でも現状維持という名の地盤沈下を続けたい保守連中の戯言を言ってるに過ぎない。「一体どれだけの間自民が政権握って日本を悪化させ続けたと思ってんの?」としか思えないし作り手もそれを分かった上の台詞でしょ。トドメは「自分が党の中から未来を良くするから待って欲しい」的な事も言わせてて失笑。自民の詐欺師政治屋の常套句ですな。良心的な人間は自民に入らないし、入ったら自民色に染められてお終いと分かってるから。斎藤をおかしく撮ってはいないのだが、普通に撮ることで「コイツが寝ぼけてるのは察せられるよね?」と受け手の知性を信じた演出にされててこういう点も好感を抱ける。しかし一応の落とし所を経て物語の着地後に「正しいことをするより夢を見るようにしよう」と言われたのにはちょっと納得が行かない。こうも倫理が荒廃し切った国で「本当に正しいことはない」なんて絶対に正しくない人間が好むような台詞を皮肉もなしに流して夢を見るなんてふわっとした表現で締められても。そこは青臭く行って欲しかったよ。

少しだけマイナスになったものの、極めて見応えのあるドラマで最近全然ドラマに集中できてなかった自分が久しぶりに見入ってた。折れても立ち上がりヒーローとして輝く長澤まさみの格好よさ。この人は30歳前くらいから格段に良い俳優さんになったと思う。村井のエイジズム発言は的外れもいいとこ。その村井を演じた岡部たかしも初めて認識したと言ってもいいけれど、一気に大注目俳優に。眞栄田郷敦、この人もまともに見たのは2回目だが父が千葉真一だからか一般的なイケメンとは違う濃い顔の色気と反比例するようなか細さが良いです。泣き顔がハマる。目力。他には渋い声でお馴染みなベテラン声優 山路和弘がまんま麻生太郎な副総理を好演。仮面ライダーBLACKSUNもまんま麻生に安倍もどきまでもが出てて攻めてたが、あっちが薦めるには純粋な出来で色々難があったのに対してこっちは胸を張って薦められる。これが報道に携わる人に届いて欲しいし、日本作品全般を雑語りして海外作品ばかり持ち上げてる人も見て欲しい。意欲のある同国人のバトンは落とさないようにしたい。