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金の糸のKKMXのレビュー・感想・評価

金の糸(2019年製作の映画)
4.0
 ジョージアの91歳の監督が描く、老境における過去の統合についてのガーエー。

 本作はとにかくまったりとしたムードに、文学かぶれの気取った雰囲気が非常にタルかったです。特に演出はかなり古臭く(ラストの光の中のタンゴとか)、さすが91歳の監督作品だなぁとゲンナリしました。
 一方で内容は悪くない……というよりも、静かな作品なのに伝わるものは相当シビアでした。


 老作家エレネの家に、娘の夫の母親であるミランダがやってきます。ミランダは認知症で一人暮らしが難しくなったから息子が引き取ったのです。ミランダは、かつてソビエトの高官でした。そして、エレネは反骨の作家で、ソビエト政府に作家としての活動を抑圧されていました。いわば、エレネは仇敵と暮らすことになったのです。
 そんなエレネの元に、昔の男・アルチルから電話が掛かってくる……というストーリーです。

 エレネの母親はソビエトに弾圧され、娘と引き離されてシベリアかどこかに抑留されたそうです。これはゴゴベリーゼ監督自身の経歴を反映させているそうです。そんな中でも、怒りを抱えてミランダと共存しようとするエレネの姿勢はなかなか凄味があります。
 一方、ミランダは昔の経歴を鼻にかけるようなムカつく輩です。ソビエトの高官として組織のために粉骨砕身してきたことを誇りに思っています。しかし、それがエレネの人生を狂わせたことを知り、ミランダの心に大きな亀裂が生じます。


 過去との向かい合うことや恩讐を超えていくことの尊さを描いた作品なのですが、個人的にはミランダの惨めさが哀れでした。
 個人と組織という問題に向かい合えずに来た人間がどんな末路を辿るのかを冷徹に描いているように感じ、同時にミランダが属していたソビエトという組織でそんな向かい合いが許される訳がなく、その不条理さや非人間性も伝わりました。

 組織は組織の価値観の元動くので、個人を抑圧することは構造的にありがちです。しかし、そこに組織人が疑問を持つか否かはめちゃくちゃ重要で、疑問点が生まれればより良い方向にアップデートできる可能性が生まれます。組織が健全に成長するためにも、組織人とくに管理職がそのような視点を持つことが大切なんですよね。組織の価値観に盲従するか、ひとりの人間として組織に属しながら向き合うか。この態度がその人の人生を変えていくし、またその人が属する組織をポジティブに変え得る可能性もあるのです。
 ミランダの態度からは、組織に盲従し、それ故に評価されてきた姿が浮かび上がります。

 しかし、粛清の嵐が吹き荒れたこともあるソビエトで、葛藤を抱いたところで何も変わらず、それが表面化すれば粛清される可能性もあるワケです。そのような中で生きるには、組織に盲従するしかないでしょう。だからこそ、ミランダは罪悪感を抱き続け、密かに社会貢献活動へコミットしていたのだと思います。弾圧に寄与していることを自覚していたから、罪滅ぼしですよね。

 とはいえ、それでも組織内で強権的に振る舞った自分からは逃れられず、罪滅ぼしもあくまで気休め程度だったのでしょう。自らの良心に背を向けて生きざるを得なかった人間は、老境にあっても自らの人生を総括し、統合することが難しいのではないか、と本作を観てしみじみ感じました。その意味では、弾圧を受ける側も、弾圧をする側も悲劇ではないか、としみじみ感じます。


 本作はエレネ、そして元カレ・アルチルという、弾圧されても自分を生きた人たちの統合の物語でもあり、非常に美しく感動的ではあります。しかし、俺の心を射たのはミランダの悲しみでした。『処刑の丘』でも裏切り者で生き残るが苦悩するリューバクに興味を持ったので、大いなる不条理に巻き込まれて、自分の意志に殉じるよりも状況に屈服して心を殺して生き残る人に関心があるのかもしれません。


【オマケ】
 お久しぶりとなります。少し体調を崩したり、新年度で新たな事業に顔を突っ込んだりして結構バタバタしておりました。
 今後も常時ログインするというより、変則的に顔を出すスタイルになると思います。それでもよければ今後もよろしくお願いします🥘
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