ヨーク

かがみの孤城のヨークのレビュー・感想・評価

かがみの孤城(2022年製作の映画)
3.9
ちょっと前に観た『ハケンアニメ!』の感想文でも同じことを書いたと思うが俺は辻村深月の小説は一冊も読んだことがない。読んだことはないが、でも本作『かがみの孤城』の原作も素晴らしい出来なのだろうなぁ、とは思う。いや、いい映画でしたよ。面白かった。
しかしあれだな。これは作り話としての強度が凄く高い作品で、ものすごくよく出来たお話なんだけどだからこそ嘘っぽさが浮き彫りになるタイプのお話だと思うんですよ。ちなみに原作(読んでないけど)の話ね。でも作り話だからこそ意味のある部分もあって、さすが辻村深月(一冊も読んだことないけど)と思ってしまうくらいに良い原作なのだと思う。ただ、本作はその原作小説を映画化する際に原恵一がかなり意識して、出来のいい物語としての嘘っぽさに手を加えたのではないだろうかと思う。何を言いたいのかというと、要はアニメーションが得意とするような映像的なケレンの効いた嘘とか誇張された表現はほぼ廃されていて、現実的でリアル志向な映像作品になっていると思うんですよね。まぁ、元来原恵一はクレヨンしんちゃんシリーズを除けばリアル志向が強いアニメ監督ではあると思うのだが本作でもそっちの方向に大きく舵を切っていたと思う。
しかしお話自体はファンタジーなもので、ある出来事をきっかけに登校拒否になった主人公がある日自分の部屋の鏡の中に吸い込まれるとアラ不思議、そこには絶海の孤島にお城があったのでありました。そのお城には主人公と同じように様々な理由で学校に行っていない同世代の子供たちが全部で7人集められていた。そしてその子供たちを集めた狼の仮面を付けた少女が言うには「このお城には鍵が隠されていて、それを見つけた者は何でも願いが一つ叶う」らしい。すごい。どんな理屈かは分からんが何でも願いが叶うなんてすごいじゃないですか。すごいファンタジー。でも別に鍵は絶対に探し出さなきゃいけないというわけではなくて、別にそんなことせずに同世代の子供たちが学校に行っている間にそのお城でダラダラ過ごすだけでもいい。特に強制はされない。そういう状況に放り込まれた7人の少年少女のお話ですね。
で、そういう設定のお話ならばデスゲーム的な、とまでは言わないまでもその鍵を巡ってひと悶着もふた悶着もありそうじゃないですか。でもそういうのほとんどない。作中ではお城を学校の保健室、もしくはフリースクールのように使って7人の子供たちがそれぞれにお茶飲んだりゲームしたりして過ごすだけなんですよ。何でも願いの叶う鍵探し? いやだるいし、別に願いとかもないし…って感じで。なんかその感じは超リアルだなって思ったよ。個人的に俺は登校拒否という経験はない(高校時代は遅刻、早退、無断欠席の常習者ではあったが)のだが当時の無気力な俺なら「なんでも願いが叶うぞ!」とか言われても、いや別にどうでもいいよ…って感じで冷めきってたと思う。だから本作での子供たちのリアクションも分かるわー、って感じでしたね。
だがしかし、そういう風に無気力でただ逃避先が欲しかっただけの少年少女を描きながらも、実は隠れて鍵探しをしていたという展開にはなるのだが、そこもなんかメリハリがあってドラマチックに展開するわけじゃなくて実に淡々とした感じでお話が進むんですよ。本作はやっぱそこが凄く面白いなと思う。要するに舞台設定としてはファンタジーでマジカルなお話なのにその描き方が地に足付いてんですよ。それが本作の良さだし原恵一の良さでもあろうと思うよ。
その辺を地味だとしてマイナスに評価することもできるしそういう人も結構いるとは思うのだが、俺はそこが良かったなぁ。ひたすら現実から地続きな良い意味での突飛な飛躍もない世界を描きながら、だがそんな世界(無論、映画内だけでなく現実のこの世界が、という意味でも)が凄く広い世界なのだと思わせてくれるシーンがあって、それは本作が外連味のない画作りで淡々と描いていたからこそ感じることのできる世界の広がりだったんだよ。具体的に言うと主人公が近所の友人の家に行って会話するシーンで、主人公が受けたいじめなんかを「たかが学校の中のこと」で外部から見れば下らないことだ、と言ってしまうシーンで、その友人は父親が児童文学の研究者かなんかで家の中に有名な絵本や童話の挿絵が額装されて飾られているんだけど、それは今子供たちが生き辛いと思っている学校という世界のちっぽけさを語りながら世の中には作り話も含めたあらゆる世界があるのだとその広がりを示唆しているシーンだと思うんですよね。ここはちょっと泣きそうになった。「たかが学校」というのも俺みたいな大人が言うのではダメでそれだとあのやる気ない担任みたいになっちゃうんだけど、当事者である子供が言うとすげぇ前向きに聞こえるんだよな。上手いと思います。
基本的に俺はよく出来てるだけの作り話は嫌いなんだけど、本作ではそれが嘘のお話だとしても、だからこそ救いとなり得るのだという要素が込められていてこれはいいなぁと思いましたね。そしてその物語を映像化する際に極めて慎重に、嘘にしか見えなくて気持ちの良いアニメーションではなく、現実と地続きになっている感覚のアニメ表現で描いた原恵一はいい仕事したなぁと思いますよ。昨今ヒットしているアニメ作品って、それが悪いとは言わないけど作画(の中でも主に撮影とエフェクト)がただただギラギラとした派手さを持っているだけのものが多くて、それだけがアニメーションの面白さではないだろうと思うので本作のようなアニメ映画を観るとちょっとうれしくなっちゃいますね。
ちなみにお話は本当によく出来ていて上手いなー、と感心したが俺はかなり序盤でオチ自体は読めてしまった。いやだってさー、ゲーマーとしてはある登場人物が持ってたゲーム機を見ると、あっ…! って思うし一度そういう目で見ると他の伏線も浮き上がってきて見えてしまうんですよね。でもオチが読めてても感動してほろっときたしいいお話ですよ。
派手さこそないものの、老若男女誰が観ても気持ちよく観ることのできる作品だと思うのでおすすめですね。面白かったです。
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