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夢のMOCOのレビュー・感想・評価

(1990年製作の映画)
5.0
「出てくんじゃありませんよ。
日が射すのに雨が降る、こんな日にはきっと狐の嫁入りがあるのよ。
 狐はね、それを見られるのをとても嫌がるの。
 見たりすると怖いことになりますよ」


 先日、娘と孫を連れて緑に囲まれた山のある施設を訪れていた時、突然大雨になり徐々に小雨になったのですが、小雨のときは強い日差しが続き、娘は『狐の嫁入り』と言っていました。
 私が言う『天気雨』は『日照り雨』というだけでロマンチックに聞こえるのですが『狐の嫁入り』と言う娘は「なかなかロマンチックだなぁ」と思っていました。
 そしてその夜観たくなったのが黒澤明監督のオムニバス映画『夢』の第一話「日照り雨」です。「日照り雨」の時代背景は戦前なのか武士の時代なのかよくわかりません・・・。


 立派な門構えのお屋敷の門前で、幼い男の子は突然の天気雨にあいます。
 慌てて洗濯物(干しもの)をしまう母(倍賞美津子)から「日が射すのに雨が降るのは狐の嫁入りがあるから、外へ出ることはしないよう」言われたのですが、少年は外へ出て杉林の中を通る小径(こみち)を目指し始めます。杉林の中から覗いていると、小径は深い霧に覆われ、霧が晴れ始めると小径の向こうから狐の花嫁の行列がやって来ます。
 行列は和装に身を包んだ人間の大人の体つきをした16人(匹)ほどの一行なのですが、顔や手は狐なのです。

 行列する狐は、皆同じ動きをしながらほとんど前に進まないほどの遅さで全員が全く同じ動作で三歩ほど前に進み、同じ大きな動きで別の方角を見て歩いた時間と同じくらいの時間止まり、同じ動きをしながらほとんど前に進まないほどの遅さで全員が全く同じ動作で三歩ほど前に進み、同じ大きな動きで別の方向を見て歩いた時間と同じくらいの時間止まる「静と動」を繰り返しながら徐々に進んでいきます。
 太い杉の木に隠れながら様子を見ていた男の子はもっと近くから見たくなり小径のすぐ横の杉の木に移ります。
 その時、狐がこちらの方向を見て動きを止めるのは自分を見ていることに気がつき、急に怖くなり一目散で屋敷へ逃げ帰ります。

 屋敷の門には母親が立っていて「お前は見てはいけないものを見てしまった。さっき怒った狐が『腹を切れ』と、これを置いていった」と短刀を渡すと「腹を切るほどの気持ちで真剣に謝って狐に短刀を返してきなさい」と言って門を閉じてしまいます。

 男の子は武士の家の子供として(あるいは男として・・・あくまでも戦前の考えで)狐が住む虹のあるところを独りで目指して行きます。この場面が切り取られてこのDVDのパッケージになっています。

 黒澤明監督の時代劇映画は侍から武将に主人公が変わって行き、一対一の対決から集団戦となり「いつの日か刀を使わない時代劇を撮ってみたい」と黒澤明監督が語っている文章を見たことがあるのですが「夢」の中の『日照り雨』と『桃畑』は黒澤明監督が晩年撮りたいと語っていた時代劇の形だったのでは?と、思うことがあります。


 幼い男の子と倍賞美津子さんの二人芝居?です。
 和装に身を包んだ行列する狐が前に進む動きに合わせたお囃子が行列する狐が止まるのに合わせて止まり、また動き出す行列に合わせて始まる『狐の嫁入り』の幻想的なシーンはたった3分30秒ほど、エンドレスで観続けたくなる飽きさせないものです。海外に配給された「夢」ですが、日本人にしか湧かないであろうノスタルジックな感覚に浸れる倖せを感じます。

 
「こんな夢を見た・・・」という始まりをする第一話の男の子の家の門の表札は『黒澤』とかかれているのですよ。


 黒澤明監督の映画を語るとき、もしかしたら一番好きなのはこの『日照り雨』かもしれないと思うときがあります。恐らくこの嫁入りシーンが30分も続くのであればと思うほどお気に入りのお話です。

スコア5.0は日照り雨のスコアです。
 
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