ヨーク

劇場版 Gのレコンギスタ IV 激闘に叫ぶ愛のヨークのレビュー・感想・評価

4.0
最初は何かの冗談かと思った全5部作という構成の映画化であったがついに第4部『劇場版 Gのレコンギスタ IV 激闘に叫ぶ愛』まできてしまったので感慨もひとしおである。正直どっかで打ち切られて配信とOVA限定とかの発表になるんじゃないかと思っていた。しかし第4部までこぎつけて完結編の第5部も、今この感想文を書いている時点で二日後の公開ですからね、よくここまできたなぁという感じです。
さてお話は前作第3部で地球へと供給されるエネルギー資源、フォトンバッテリーがどこからくるのか探って月から金星へと旅立った主人公ベルリたちのその道中から始まる。ざっとしたあらすじを先に書いておくとフォトンバッテリーの生産地である金星でその指導者と出会い、地球では想像もできなかった高度なテクノロジーにも触れつつ人類が宇宙で生きていくことの困難さも知るのだが、その宇宙生活の困難さ故に戦争に乗じてでも地球への帰還を目論む勢力もいることを知るんですね。んでその金星の危険分子が地球へ向けて出立する。月の勢力ザンクトポルトもまた地球への帰還作戦(レコンギスタ作戦)を企てているので地球の勢力は月と金星の勢力に対峙しなければいけなくなるわけです。しかし現実がそうであるように当然の如く地球の各勢力も一枚岩ではないので高度なテクノロジー(と超強力なモビルスーツ)を持って宇宙からやってくる彼らと手を結ぼうとする者たちも現れ、各勢力が入り乱れて一触即発の事態になるというのが第4部のおおまかなあらすじです。
『Gレコ』を評する際に「複雑で分かりにくい」と言われることが多いがその複雑さが遺憾なく発揮されているのがこの第4部だと言ってもいいと思う。ボーッと観てる人なら序盤に主人公たちが金星の跳ねっ返りたちと一線を交えた後に金星の偉い人たちと普通に会談している時点で!? となるかもしれない。でもその辺が『Gレコ』の面白いとこでもあるんだよな。金星という一つの勢力圏があるがその中でも思惑の違う派閥がいくつかあって、話の通じる奴もいれば通じない奴もいる。そしてそれは月の勢力でも地球の勢力でも同じことで、敵と味方を分けるものはそれぞれが所属している組織ではないということが描かれるんですよね。これは作品のテーマとしてもとても重要な部分だと思う。
というのも前作の感想文でも書いたと思うが『Gレコ』という作品はいわゆるガンダムブランドではありながらもロボットバトルの戦争ものというジャンル的な部分を俯瞰しながらどこか冷めた目で眺めている節があるんですよね。要は凄いロボット同士が戦って勝った方が強くて優れている、という価値観や作劇に真っ向から異を唱えている作りになっていると思う。本作では最重要なSFガジェットとしての軌道エレベーターに始まり光子をエネルギーとするフォトンバッテリーのような超テクノロジーがたくさん出てくるのだが、それらの作中で描かれる技術というものの扱い方はもっともっと慎重になるべきだぞという警告がそこかしこにあると思う。個人的には純粋な科学や技術というものには思想というものはなくて、ただ条件さえ整えば実現可能であるという身も蓋もない自然界の法則というものがあるのだと思うし、そしてそれを探求して「やれるんだったらやってやろうぜ!」という態度で何にでも手を出してみるというのは科学や学術の基本でそれらが洗練されて技術的な体系を作り出していくのだが、何の思慮もないままに「できるんだからやってみようぜ!」で突っ走り続けたら大きなしっぺ返しを食らうこともあるぞという警告が『Gレコ』という作品の基調となる部分にはあるのだと思う。要はそれが行くところまで行ったのが『Gレコ』世界でいうところの宇宙世紀末期の地獄のような戦争であったのだろう。どこまでも科学を純粋に追い求め続けてそれが何のための技術なのかも分からなくなったままで、その科学技術が兵器として利用されるようになってから悔いても遅いのだということであろう。そしてロボットアニメとしての『Gレコ』は、そういう超常と言ってもいいほどの科学力の粋が極まったロボット同士が戦ったのだとしてもそんなもん下らねぇよな、と富野由悠季が言っているように俺には思えた。
本作の終盤でTV版にはなかったカシーバ・ミコシを巡る激闘が描かれたが、そこではまさに兵器として極まった科学技術の暴走が描かれるのである。また宗教というものに対して日本では一種のアレルギー(特に新興宗教に対して)があって宗教というワードだけで忌避感を持つ人も少なくないと思うが、本作では科学技術が容易に一つの国家を飲み込むほどの力を持ったときにその力を扱うための倫理的な規範をもたらして強大なパワーが暴走するのを防ぐために重要なものとして宗教が描かれるのである。そういう風にあらゆる要素がけん制し合ってやっと人間はまともに社会を運営できるのだということが描かれるんですよね。ちなみに金星の勢力が持つ魔法のようなテクノロジーにもちゃんとした思想が宿っていて人類がやがて迎える難局を切り開くために彼らは科学技術を洗練させ続けていたのだということが語られる。
しかも凄いのはそういうものを描くためにお説教臭い部分はあんまりなくてSFガジェットやロボット同士のバトルや登場人物のセリフの掛け合いなんかで描きながらサラッと見せてくるところが流石に日本アニメの黎明期からの生き字引の富野由悠季といったところですよ。ただ難点としては一つの架空の社会を描きたいという強烈な欲望が強すぎて何でもかんでも詰め込んじゃうからまとまりがなくなっている部分はあると思う。それも『Gレコ』が分かりにくいと評される理由の一つであろう。
あと凄いのは作品の魅力としてのロボットの強さというのに対して冷淡な視点で描いていると上で書いたが、それはそれとしてやっぱロボアニメとしてエンタメ映画としてちゃんと盛り上がるバトルシーンはがっつりと入れてくるんですよね。そこは本当に素晴らしいなと思うよ。ロボットアニメというジャンル作品としての幼稚さなんかは批評しながらもちゃんとロボットアニメを観に来た客を満足させるようなロボットバトルは描くわけですから、そこはもう素晴らしいの一言ですね。これは作品とは関係ない完全な俺の愚痴だが、だからこそ! だからこそバンダイはGレコのキットを再販して何なら新キットも出せや! と思いますよ。富野がこんなにちゃんと販促要素も入ったガンダム映画にしてんのにさぁ! ちゃんと商品売ろうとしろや! という気持ちはある。特にヘカテー。ヘカテーをいち早くキット化するように。いやほんと出たらマジで買うから。いやまぁプラモの話は作品とは関係ないが…。
まぁとりあえず完結編へのつなぎになる本作も面白かったですね。こういう言い方すると好きな作品を持ち上げるために他作品を貶すなとか言われそうだが、やっぱ『ナラティブ』とか『ハサウェイ』なんかと比べても格好いいガンダムを格好良く見せるだけじゃなくて、もしくはイケメンだったり美人だったりするキャラクターの関係性ばかりを前面に出してくるのでもなくて、ちゃんと作品の舞台となる社会はどういうものなのかを描こうとしていて『Gレコ』は凄いなぁと思いますよ。完結編も楽しみに待ちます。
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