こうん

遠いところのこうんのレビュー・感想・評価

遠いところ(2022年製作の映画)
4.6
いやはや…容赦ない映画だった。

現実を映画に落とし込もうとする作り手の、一切妥協しないという覚悟がビンビンに伝わってきましたね。
その迫真性が花瀬琴音さん演じるアオイの沖縄の路地から路地へと歩いていく姿に宿っていて、冒頭5分くらいでこの限りなく現実に近いフィクションに引き摺り込まれましたね。
いや、素晴らしかったです。

沖縄については書物と食べ物でしか知らず、一度だけ那覇に行ったけれどもその記憶は美味しい古酒に溶けてしまっているのですが、上間陽子さんの著作「裸足で逃げる」などで沖縄の経済労働環境や貧困問題については学んでおり、そこに描かれていたことがまんまフィクションとしてスクリーンに映されていた、という感じです。

とにかく、その筆致のリアリズムが、俳優さんたちの演技も含めて凄かったです。
常に息が詰まって苦しい感じ。主人公アオイが負のスパイラルをどんどん降りてゆかざるを得ない展開に「ちょっと待て」とスクリーンの中に入って行きたくなったくらい。
主人公アオイもその夫(?入籍もしてないかもしらん)であるマサヤもいわゆる底辺、昔の言葉でいうとDQNという人たち。
あまりにも世間知がないし怠惰だし直情的だし、はたから見てると愚かな選択しかしない、できない社会性に欠けた人たち。
俯瞰で見ると彼らは沖縄のさまざまな要素の中で生まれ落ちた瞬間に〝詰んでいる〟社会の犠牲者ともみることは出来るんだけど、本作はそうはせず、徹底的にアオイのまなざしに寄り添い、描写のリアリズムとキャラクターと俳優のチャームでもってフィクションとしての求心力を獲得している。
それがアオイの感情旅行の映画になっており、同時に地獄めぐりでもある、という一作になっていたと思います。

あんまり観てる人いなさそうなので類似の映画として適切ではないけれど、技能実習生として来日したベトナム人女性をハードに描いた「海辺の彼女たち」を激しく想起しましたよ。なんならタイトルをテレコにしてもなんの問題もないくらい、モチーフとしてもテーマとしても共通するものがあります。

そうそう、本作の「遠いところ」というタイトルも、観終わった後だとものすごく腑に落ちるというか、「ツレェ…」と思いましたね。凡百のセンスなら「へ」という助詞をくっつけて、なんとなく広がりのあるいい感じのニュアンスを含むタイトルにしてしまいそうですが、そこを体言止めにする潔さですよ。というかバスッと斬り落とすような、無情さをにじませていて、それが本作にピッタリ…ピッタリであるがゆえに、観終わった後に「ツレェ…」と苦笑いしたことですよ。耳目を惹きにくいけど、秀逸なタイトルです。

とにかく主演の花瀬琴音さんと佐久間祥朗が素晴らしかった…
もう“そういう人”にしか見えない実在感と二人から放たれる焦燥と倦怠はただ事ではないですよ。てっきり現地の人か現地ルーツの人かと思ったら、ふたりとも東京出身なのかな、とにかく完全な演技のようでびっくり。特に花瀬さんのおばあ譲りのディープ方言は、彼女のキャラクター造詣の一部でもあって、なに言っているのかわからないんだけど説得力しかなかったですね。
あと特筆しておきたいのは息子のケンゴ君に扮したお子さんね。どこで見つけて来たのかわからないけど、不安そうな健気さに胃が痛くなるくらいで、彼もそういう境遇の子にしか見えなかったし、花瀬さんとリアル母子に見えました。
あとアオイの親友のミオンを演じていた石田夢実さんも素晴らしくて、明確には描かれないけど彼女も沖縄の闇にすでに飲み込まれている風情を言外に匂わす演技で、本作で描かれた沖縄をより立体化することになっていたと思います。

そして初めて拝見しました工藤将亮監督の手腕にも快哉をあげておきたい。
丁寧で誠実なキャラクタードラマの掬い方と、沖縄の陽光の当たらない闇へと続く路地を切り取ったノワールのごとき映画的風景に、脳がビンビンになりました。
沖縄の海にヌケを作らずなおかつ休日の米兵が呑気に遊んでいるようなシニカルさは好きですし、キャバクラの摘発から逃げ出すシークエンスの青春映画然とした疾走感には心つかまれたし、ラストの「ROMA」のようなショットにはまなじりが濡れましたことですよ。お見事!

徹底したリアリズムの映画なので、尚玄さんや宇野祥平さんやカトウシンスケさんや松岡依都美さんや早織さんや中島歩さんなど、知っている顔を観ると「これはフィクションなんだ…」と少しホッとしたことを備忘録的に記しておきます。

あの夜明けの海に、アオイはなにを思ったのだろうか…
あまりにも辛い内容なので、ささやかなポジティブのラストだったと信じたい。

沖縄と言えば海!ゴーヤー!安室ちゃん!という人にぜひ観て欲しいです。
(安室ちゃんだってどちらかというとアオイに近い境遇だったんだよ)
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