こうん

アシスタントのこうんのレビュー・感想・評価

アシスタント(2019年製作の映画)
4.5
わたしが新入社員の頃、直属の上司の仕事上の言動に異を唱えたら激高して(曰く、言い分は別としてお前の態度が気に食わないとのこと)、我に道理ありと思ってそのままにしようとしていたところ先輩同僚から「会社の雰囲気が悪くなるから」と圧迫され懐柔される羽目になったことを、本作を観ながら思い出し、クライマックスたる人事部長とのやり取りでは頭来て無意識に前の席を軽く蹴ってしまいました。
大変申し訳ありません…足が勝手に動いたのです…

ということで大変に面白かった「アシスタント」。
ただ本作に限り、この“面白かった”という表現は100%“胸糞悪い”に変換することが可能です。

本作は“ワインスタイン事件”をモデルとしつつも(スタジオを持つメジャーとは別の新興の独立系映画製作会社っぽい)、主人公まわりの業務はどこの会社にもありそうな事務的な作業が多く、その描写が敷衍するところは今わたしたちが暮らす社会そのものですし、女性である主人公(社内で一度も名前が呼ばれない!)に押し付けられる“名前のない仕事”の数々の指し示すものは、言わずもがな、です。
ハラスメントが起きそれが封殺されることが、個人ではなく権力とその構造に由来する、という事実を端的に見せているし、「SHE SAID」で描き切れなかった加害組織の内部構造を映画的に詳らかにした、とも言えると思います。

また、そういった主題的なモチーフとは別に優れていると思ったのはディテールの演出ですかね。ジュリア・ガーナーさん演じる主人公は耐えるような、思いつめたような、心を殺しているような表情で淡々と仕事をしている描写が続くんですけど、その彼女の内面に作用するようなさりげない演出があちこちに施されていて、例えば(劇中最初の)謝罪のメールを打つ彼女の背景になにが映ってなにが聞こえるか。
それらが主人公の内面を示していたり作用していたり、丁寧に計算され演出されているのが印象的でしたし、映画として充実していると思いましたね。
そのさりげない演出が絶妙に全体にイヤ~な感じを醸し出していて、ちょっとだけカメオ出演しているパトリック・ウィルソン(たぶん本人役)ですらイヤな感じを漂わせることになっていたのではないでしょうか。やたら暗いしあの会社。

そして話を聞いてくれそう!と思った人事(監査?)のオッサンとの対話が絶望的なクライマックスのジワジワくる醜悪さ。ここではわたしもあまりの怒りで涙がじわっと出てくるくらいに、心が折れるような組織構造の病理が濃縮されていて…またアイツがタイミングよくスッと差し出すティッシュがムカつくんだ!
ちなみにこのシークエンスで発せられる「君は彼(この映画の悪玉)の好みのタイプじゃないから安心して」という最悪の台詞に笑う者(男)が、わたしの見た映画館にはいましたことですよ。あまりに最悪なので思わず笑ってしまった、という理解にしておきます。
そう言えば昔、同じことを年上のゲイ男性に言われたことを思い出しました。

またこの映画が皮肉なのは、直接的には描かれないものの、なにかしらの加害を受けたであろう女性が何人か出てくるんですが、主人公が意を決するきっかけとなった女性が加害を受けたように描かれておらず、さらにはその女性に対する主人公の若干の無意識の偏見みたいなもの(アイダホ出身の低学歴女…)が透けて見えるのが、なんでしょう、リアルで人間味があって、主題から意図的にピントをずらして、輪郭をぼやけさせることになっていたと思います。

暗い気持ちで映画館を出ればジャニーズの性加害の問題や先日のG7の男女共同参画大臣会合とか、いろんなことが退歩的でさらに暗い気持ちになりますが、進歩的とはいえない今の会社の環境を少しずつ変えていかなければ、と固く誓ったっことです。
(冒頭の激高した上司はいなくなりましたので少しは風通しがよくなりました)

ともかく優れた映画ですし、結構感情持ってかれました「アシスタント」!
ほとんど粉もんしか食べてないジェーンさんの心身が心配…たぶん何食べても味がしないんだろうな。
(削がれもしますのでご留意を)
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