むぅ

ぬいぐるみとしゃべる人はやさしいのむぅのレビュー・感想・評価

4.2
「会ったことあるもん。」

ぬいぐるみとしゃべる人、結構いると思う。
今作の存在を知った時、最初にそう思った。
"自分の常識"の範疇では想像のつかない事に関して、無意識にそれを否定するような発言をしてしまう事、私はした事がある。
気をつけているけれど、今でもしているのだと思う。


京都にある大学に入学した主人公は男らしさや女らしさといった考え方が苦手。
学科の懇親会で意気投合した同級生と「ぬいぐるみサークル」を見学することにする。そのサークルは、生きづらさを抱えた学生たちが人には言うことのできない悩みなどをぬいぐるみに話すという場だった。



『NANA』という漫画で登場人物が「あまりに荷物をいっぱい持っているといざという時に動けないよ」というような事を言った。
みんなに頼りにされるその登場人物は、色んな人の悩みを聞く立場にあって、それが足かせになってしまい、本当に自分が大切に想う人の"悩み"に向き合えなかったという描写があった人だった。
その時の私は、辛いことや悩み事を人に話すという事は、それをちょっとだけ相手に持ってもらうという事で、私自身は軽くなるけれど相手は重くなる事があるのだと理解した。
その時の私にとって、その台詞は結構大きかった。そして大きな学びだった。

そして今作の登場人物達は、相手にそれを持たせてしまう事さえ慮ってぬいぐるみに"話す"。

泣きながら帰ったあの日を思い出してしまった。大好きなバーがあって、大好きな人たちがいた。そこで出会った1人のバーテンダー。あれから10年以上経つけれど、私はきっとその人以上に「最高!」と思えるバーテンダーには出会えない気がしている。
私の方が年上で同じ飲食業で話しやすかったのだろう。ある日、他にお客様がいない日、彼が上司に対する愚痴を少しこぼした。
その気持ちはとてもよく分かった。
分かったからこそ、辛かった。その時の私はどちらかと言うと彼の上司と同じ立場だったし、自分が上司であっても同じ行動を取っただろうと思ったからだった。
帰り道、ちょっと泣きながら思った。
愚痴や弱音をこぼす時、その相手の立場や状況、気持ちの強弱を考えてからにしようと。
そこから数年、映画をよく観るようになり、相手の立場や状況に、それぞれが持つ"属性"が加わる事になる。
意識しているけれど、まだまだ誰かを無意識のうちに傷つけている事はあるのだろう。

そんな事を思わせる物語。
私はとても好きだった。


「えー?」
と思ってしまった2点。
・そんな心を打ち明けるぬいぐるみなのに、名前があるぬいぐるみがいなかった。
私自身はぬいぐるみとはしゃべらないが、一緒に住んでいるそろそろ洗ってあげなければならないぬいぐるみ達は皆名前がある。
コミュニケーションを続けていったり、その誰かと関係を築く上で"名前" "何と呼べばいいか"って大切だと思うのだが。
・「紅茶とチューハイどっちがいい?」
紅茶とコーヒー、ビールとチューハイではなくて、紅茶とチューハイという選択肢!
これは私が呑んだくれゆえの違和感なだけだが、その選択肢の並列に静かに衝撃を受けた。


「観たんだ!どうだった?!」
私の人間関係の中に"ぬいぐるみとしゃべる人"がいる事を知っている友人が言った。
私の答えにあちらは大爆笑した後、ジャリジャリとハイボールの氷を噛んだ。
「"ぬいぐるみとしゃべる人"がみんな優しいわけじゃないって事を再認識した」
我ながら身も蓋もない感想、そして電話越しの氷を噛む音が心地良かった。
こんな感想が言えるのも、彼女は"ぬいぐるみとしゃべらない呑んだくれ"だという事を知っているからこそ。
むぅ

むぅ