むぅ

スカウトに誓って 米国ボーイスカウトの隠蔽された記録のむぅのレビュー・感想・評価

3.7
「んもう!飽きっぽいんだから!」

従姉妹が習っているフルートを私も習いたい!とねだったのは小6の頃。
よく肩に手を置く先生だった。
ある日、先生の手が私の腰に当たった。
翌週、それが偶然ではなかったとわかった。
その晩、両親に「もうやめたい」と言った。
理由は「あんまり好きになれなかった、友達と中学に入ったら演劇部に入る約束したから帰るの遅くなると思うし」とこじつけた。
 
今思うと私の勘違いかもしれない。
それでもあの時感じた恐怖の"予感"は私にとっては本物だった。
その"予感"をそのまま伝える勇気も言語力もなかったし、そんな事を言ったら父は顔色を変え母は狼狽えるのは目に見えていたし、何より大騒ぎされるのは嫌だった。
それならば母の小言を神妙な顔で聞いておく方がマシだった。
『ダウト 〜あるカトリック学校で』
『スポットライト 世紀のスクープ』
『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』
これらを観ても、あの経験を思い出す事はなかった。あったかもしれない被害を回避出来たので、私にとってはすっかり忘れられる程度の事で済んだというのもある。
今回思い出したのは、私の中ではボーイスカウトは"習い事"という認識で、きっとその"習い事"が引き金になったのだと思う。

人間って、いや、私という人間って、自分の想像出来る範囲の立場や状況しか、本当の意味で相手の立場を想像する事が出来ないらしいと痛感したのは今作で得たものの一つ。

ちなみにフルートの一件で母は私を未だに"飽きっぽい認定"している。なので、私は彼女を"しつこい認定"している。
言い訳に使った演劇部は大学卒業まで続けたというのに。
それでも。
「これどうしよう?レビューに書くか?」とここに書くのに多少の勇気は要ったものの、この件を忘却の彼方に放り投げておけたのは、両親がやめた本当の理由を微塵も知らなかったという事は大きい。
少なくとも当時の私には救いだった。

正直、ここに書くのにちょっと勇気が必要だった事に驚いた。恐怖を思い出すという点は皆無だったが、"他人の目"という点に足枷があった。
過去、被害に遭われた方々はどのような想いで誰かに打ち明けたり、告発したのだろうか。私には計り知れない。


最近配信になったNetflixのドキュメンタリー。性的虐待の事実とそれらの事件が残した痛ましい傷跡を、何十年もの間隠し続けてきたボーイスカウトアメリカ連盟。
その実態を被害者、内部告発者、専門家たちが語る。


被害者の方々の多くが"恥"という言葉を口にする。恥ずべきは加害者なのに。
こんな犯罪が起こる事がそもそも大問題なのだが、加害者の方が立場が強い・権力がある事から被害が拡大していく構造はジャニーズの問題と驚くほど酷似している。
そこでふと思った。
私のフルートの先生が"同性"だったら?
気付くのはもっと遅かったかもしれない。
子どもにとって"同性の大人"というのは、要素として安心・信頼しやすい部分があるのではないかと思う。
その子どもの感情や自身の立場を利用する卑劣さ。
新聞や報告書、隠蔽されていた"要注意人物ファイル"から展開する造りになっているので、英語が全然ダメな私には縦横多くの字幕を追うのにちょっと苦労した。この点に関しては『アメリカボーイスカウトの闇』の方が観やすくはあった。ただ、今作はボーイスカウト側へのインタビューもあるので、そこは公平性が高いのかなとも思う。
どちらの作品も、小児性愛者を非難し同性愛者を非難するものではない事、でも団体として同性愛者を差別した過去に言及しているのは良かった。
被害者の方々の口から出た"恥"という言葉の中に、世間やもしくはご本人さえもが持っていたかもしれない同性愛への偏見や差別感情の影がある気がするので、そこは明確にしておくべきだと思う。
この犯罪は小児性愛者が犯した事。
何十年も昔の事を昨日のように涙しながら話す年配の男性たち。
性的虐待は心の殺人という言葉を思い出さずにはいられなかった。


半年前の引越しでフルートは売った。
保存状態も悪く型も古かったので引き取ってもらっただけなのだが。
あの時は氷結無糖1本にもならんのかい!と思ったが、今はお金にならなくて良かったと思った。
このまま終わると罪悪感が残るので、やめたもう一つの理由も記しておく。
「あらやだっ♪船の汽笛の音がするから港かと思ったぁ♪」
練習中の私の部屋を開けて母がそう言った。
もちろん、根に持っている。
確かに奏でるには程遠く、ブフォーという音に私自身もどうやらセンスがない事は勘付いていた。
やめたい理由を申し上げる際「お母さんが汽笛ってからかったっ!」という言葉を飲み込んだ私は案外大人だったと思う。

ちなみに、センスうんぬんの前にそもそも練習不足だった事は秘密にしておく。
むぅ

むぅ