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春に散るのYACCOのレビュー・感想・評価

春に散る(2023年製作の映画)
4.0
沢木耕太郎といえば「深夜特急」のイメージが強すぎて、山本周五郎名品館を読んだくらいであまり手に取ることはないままだったが、たまたま読んだ「凍」に衝撃を受けて、その流れで今作の原作である「春に散る」を手に取り、これまた夢中になって読み進めてしまったことを覚えている。そんな「春に散る」が映画化、キャストも佐藤浩市と横浜流星ということで、期待に胸を膨らませて楽しみに待っていた公開日に足を運ぶ。
原作からの改編は多少なりともあったものの、広岡仁一と黒木将吾のふたりの関係性を中心に描かれる一年間の物語はやはり胸を打つものがあった。(原作からの改編で残念だったことのひとつは仁一とその仲間たちの設定変更かな。みんなで将吾に夢をかける姿が見たかったな)また、主軸となるテーマに関してはぶれることはなく見せてくれたと思う。もしかしたら、こんなの古臭いと思われてしまうかもしれないが。

かくいう自分も原作を読んだ時、いささか古臭い印象を持ったことはぬぐえないのだが、今こうしてみると、今の時代を描いているようにも思えた。ひとり余生を送る男たちも、母子家庭で育つ青年の姿も、昨今よく見る風景のように思えた。
改めて原作について調べてみると、原作小説は2017年出版だった。しかし、当時読んだ時より、今作の映画のほうが今の時代に近く感じたのは、私が7年という年月を通して年齢を重ねたからなのか、時が流れて今の社会が変わったのか。

泥臭く夢を追った男たちの言葉もあの頃より自分の心に沁みるようでもあり、一方で泥臭く夢を追う青年の姿に胸打たれるものがあるのは、やはり自分も年齢を重ねたからなのかもしれない。

また、今作は佐藤浩市と横浜流星が相変わらず素晴らしかったのは勿論なのだが、横浜流星演じる将吾と戦う坂東龍汰演じる大塚や、窪田正孝演じる中西とのとのボクシングの試合の描き方もすさまじかったと思う。役者たちのボクサーとしての体作りは勿論のこと、ただただ殴り合うだけのシーンに強い気持ち、魂のようなものを感じとることができた。こんなに痛々しいのにそれだけはなく見ている側に訴えかけてくるものがあった。

原作を読んだ時、この話はハッピーエンドなのだと思ったのが、今作のラストの仁一と将吾の姿を見ると私の胸を去来したものは悲しみだった。それに、映画のタイトル「春に散る」をここで使うのかと。
しかし、人生の終盤にこんな出来事に出会えるならば、あんな気持ちで時を過ごせるのならば、この物語はハッピーエンドなのだと思いたい。
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