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はこぶねのbackpackerのレビュー・感想・評価

はこぶね(2022年製作の映画)
4.5
"窮屈で、美しい、この町の中で"

近年、身体障碍を取り扱った傑作映画の豊作期が到来しています。
私が潮流を意識したのは、2021年の米アカデミー賞にて、ハリウッドリメイク版『Coda愛の歌』が作品賞を受賞したことでした。
2022年末公開の聴覚障害を持つ女性ボクサーを描く『ケイコ目を澄まして』のようなミニシアター系邦画から、御年82歳のイタリアン・ホラーの帝王ダリオ・アルジェントの最新作『ダーク・グラス』のようなジャンル映画、果てはアルジェリアの格差・女性の苦境・テロリズムと腐敗した治安当局等の社会問題に切り込んだ『裸足になって』などなど、世界全体で制作が活発化しています。
この流れが、感動ネタの舞台装置にするような、安易なエクスプロイテーションにならないことを願います。
そんな潮流の中、また一つ素晴らしい作品が誕生したなと、しみじみ感動しれたのが本作『はこぶね』です(当事者キャスティング未対応といった問題提起はあるかもしれませんが、いったんその点は置いておきます)。


まず、映像の世界で身体障碍を取り扱うにあたり、それを健常者の作優が演じることの難しさを思うと、”演じる”ということの凄まじさに慄きます。(『イディオッツ』が露悪的に描いた「演じることの悪意」おという視点については、演技の倫理観・哲学について全く知識がないため、記述は断念。)
本作で主人公・西村芳則を演じた木村知貴さんの視線の演技は、驚くべき表現力を伴う妙技といって差し支えない、素晴らしいものでした。
特に中盤描かれる、視力を失う前=漁協が合併される前の現役漁師時代のかっての姿を夢想するシーン。しっかりとした足取りで難なく歩く西村の背中を追っていくカメラは、立ち止まった西村を正面から捉えるべく彼の顔のクロースアップにアングルを切り替えます。注目ポイントはここ!
この時の西村→木村の眼の動き!眩く輝く空・海・太陽からの光を感じ、生き生きと細かく揺れ動く視線が、徐々力を失い、光が消え、硬直し、表情=感情も急速に失われ虚ろになっていきます。ほんの僅かな間に、西村がどこか遠くへ行ってしまったように思うほどの劇的な変貌が、そこ映し出されるのです。
目は口ほどにものを言うとは、まさにこのこと。あっぱれ見事と喝采を送りたいですね。

他の体優たちの演技も同じく素晴らしい。認知症のじいちゃん、家計と西村の世話とじいちゃんの要介護認定獲得で常に気が立っている叔母、東京で芽が出ぬ女優とそんな娘を案ずる母、西村の後輩でセックスワーカーも兼ねる女性等々。いずれの人物も悩みを抱えていると描写しているものの、その描き方はサラッと淡泊。苦悩葛藤は当たり前で自然なこととわかるのがいいですね。
フィクションにおける登場人物は、円満具足や艱難辛苦といった、ドラマチックな世界に身を置くことが多いですが、普通の人間って、良かれ悪しかれ華がある状況になんて、置かれませんよね。本作のリアリティラインの高さは、主人公を取り巻く周辺人物の余裕の無さや、気の毒ながらある種ありふれた不幸を、殊更過剰には描かないことで支えられていた印象です。

本作は、9月からポレポレ東中野とシネ・リーブル梅田で公開されていますが、もっと多くの劇場でかかるべき作品だと思います。拡大上映されるよう応援しています!
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