こうん

ソフト/クワイエットのこうんのレビュー・感想・評価

ソフト/クワイエット(2022年製作の映画)
4.4
ヘドが出そうなくらいに心底イヤな人たちの最悪な言動に、“1ショット”という映画的な束縛の中で面と向かわなければならない90数分、本当にイヤでしたね~。
金曜の夜に観るもんじゃないわ。へとへとに疲れました。

当然、作り手たちは本作の主たるキャラクターたちの思想信条や言動を「クソ!」と思っているわけで、それをこういう形で映画に落とし込んだその胆力にはまずお疲れさまと申し上げたいですかね。大嫌いなタイプの人間のことを考え続け、はたまた演じ続ける、というのは本当に精神が削がれますよ。その作業をちょっと想像しただけで「酒!持ってきて!」となっちゃう。えらいなぁ。

さて本作の肝である、暴走するヘイト感情を“1ショット”で描く、というアイデアはうまくいっている部分もあれば、お話が進むにつれて次第にそぐわなくなってくる、という印象を受けましたかね。
特に姉妹のコテージに入ってからは、起こっていることはブラックなスラップスティックなのに語りが生々しくシリアスで、ちぐはぐなニュアンスが強くなってくる。展開も1ショットであることの無理も生じてきたりして、それがノイズになったりもしているんじゃないかしら。
1ショットで収めるにはいろいろな(面白い)ことが矢継ぎ早に起きすぎるしフィクション度が強まって、おそらく企図したであろう“暴走するヘイトクライムに観客を引きずり込む”というコンセプトの中に観客が我に返るスキを与えていて、ちょっと浮いちゃっている気がしましたかね。
そういう意味で1ショットにこだわることで躓いている気もするし、やはりどうしても語りとして弛緩してしまうところがあると思う。

宣伝でも“全編1ショット”を謳っているけども、例えば、効果的な1カットだけインサートするとかね、そういう技法的なひねりがあっても良かったんじゃないですかね。
ベタですけど、もう後戻り不能の状態で窓に映る自身の醜い姿に主人公がハッと我に返る、とかね。そういうひねりでもって主題が強調されるということもあるんじゃないかしらん。
全編1ショットというコンセプトは今日日珍しくもないので、それだけじゃない1アイデアが欲しかったかしら。

一方で、その主題というのが、ヘイトクライムになだれ込む主人公たちの視線に観客を伴走させることで、観客の中にあるかもしれないヘイト感情を突き付ける、ということだと思うんですが、おれもそういう悪感情に無関係ではないなぁと思って、ちょっとゾッとしましたね。
東アジア人のひとりである私ですけど本作を観ていて、島国で生まれ育ったこのメンタリティは北アメリカにおける白人に近いものがあると思うし、実際に彼女たちみたいな排他的なバカはいっぱいいますよね。
そういう無知蒙昧で非論理的なバカがヘイト感情を発動させるものですけど、そのヘイト感情の種が自分の中にはない、と言い切れないし、そのバカが会社や隣近所にいるかもしれないという事実があることで、なおさらに本作の恐ろしさが臓腑に沁みましたことです。
そういう意味ではよく出来た広義のホラー映画であると思います。「なによりもニンゲン怖い」っていうね。

そう思わせるのが、暴走するキャラクターがちゃんと描き分けられている点にあるんじゃなかろうか。
このヘイトに傾れ込む彼女たちも個人個人でみれば、(白人至上主義の思想信条以外は)そこらへんにいそうな一見普通の人で、それぞれの事情にちょっと同情心も抱いちゃうくらい。「最近ウチらワリ喰ってるよね!」というところでは一致しているものの、ヘイト感情が高まるにつれて一枚岩ではない感じが見えてきて、そのキャラクターの描き分けが実に効果的で、だからこそちょっとしたきっかけでヘイトクライムになだれ込む(一方でたまたまならない人もいる)のがより怖ろしいという、というキャラクター構成になっていて、そこは特に良かったと思います。
でもわたしならあのクレイジーなパイで速攻帰るけどね。
あのパイが超不気味でしかもわりかし長めにフォーカスするというバランスが、本作の持ち味ですかね。私はあのパイに「まじか」と一瞬笑ってしまったけど、ユダヤ人が見たら卒倒するんじゃないでしょうか。そのくらいの強烈なイメージでしたよ。

笑えそうなところで誰もツッコまない、というのも本作の怖いところかもしれません。ツッコミ役はいるにはいるけど、その役目の男性たちが恐ろしいほど無力なんだ。腰抜けとか男らしくないの責め言葉に弱いのがなんか笑えますけど。
(ところでエミリーの旦那のよくわかんない侵入スキルは軍隊仕込みなんだろうか)

そうそう、本作で描かれているのは俗にいうカレン(karen:不快で怒りっぽく特権階級の多くの場合人種差別的な中年白人女性を表す2020年くらいに発生したスラング)だと思いますけども、そういう意味で本作はkaren映画としては嚆矢なんじゃないでしょうか。

とにもかくにも、作り手たちの気迫は充分に伝わったし、首根っこ掴んで引き摺り回したる的な全編1ショットでほんと胸糞体験味わったんで、なんでお金払ってこんな目にとは思わないでもないけど(笑)、それも含めて大変面白かったです。監督のアラウージョさんはなかなかのタマだと思うので次回作に期待です!

それから日本の宣伝ビジュアルもなんか超不穏で、けっこう鑑賞意欲をそそられまくりましたよねグッジョブ!
こうん

こうん