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せかいのおきくのyuminagabeatoのネタバレレビュー・内容・結末

せかいのおきく(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

TOHOシネマズ橿原にて鑑賞。予告など一切見ておらず、ラジオで紹介されていたのを聞き流していた程度の知識しかなかった1本。映像出版業に携わる友人に勧められて観たが観賞後は満足感で一杯だった。
一言でいうなら貧しくも逞しく生きる江戸庶民のお仕事ムービー。
おそらくこれまでの時代劇には登場したことがなかったであろう職業、汚穢屋(おわいや)。モノクロの映像とも相まってその現実感、雰囲気は完璧だった。この手の映像をフルカラーで表現するのは色々と抵抗があるだろうし、モノクロ映像というのは実に合理的な手法だなと妙に納得した。
汚穢屋は、嫌われながらも頼りにされる不思議な職業である。顧客は身分の上下の区別なく、対人関係や当時の経済事情など現代ビジネスに通じる部分もあって面白かった。
基本的には全編モノクロ映像で構成されているのだが、突然カラー映像が差し込まれる。最初はここからカラーになるのかと思ったが再びモノクロ映像に。どうやら各章の締めとしてカラー映像を使用しているようである。モノクロに慣れた頃を見計らったかのように一瞬挿入されるカラーのシーンはインパクト抜群で鮮やかさが際立っていた。
商売がてら矢亮が道端の祠や地蔵にもれなく頭を下げるシーンなど江戸庶民の日常の細やかな描写が好印象だった。
鑑賞後の後悔だが、予備知識として知っておいたほうが良かったのは嘉永6年(1853年)のペリー来航に端を発する安政の大獄。この映画の時代背景であって、自分の浅学を恨むほかないが、ここら辺がきちんと頭に入っていれば、おきくの父源兵衛の世界観や斬られた理由についてもう少し理解が深まったのにと思う。
最も印象的だったのは雪の中無言で抱き合うおきくと中次のシーン。
声を失ったおきくに胸の内を伝えようとするがうまく言葉にならず身もだえする中次。何度も同じ仕草を繰り返す内、折しも振り始めた雪は瞬く間に積もり、二人の周囲をモノクロに染めていく。元々モノクロで描かれた映画世界の中で、現実との色合いが最も近くなる瞬間であり、実に美しかった。
このシーンだけが他の章と違ってカラーにならなかったのも良い。
タイトルの「せかいのおきく」には不幸にして声を失ったおきくとそのおきくを世界で一番好きな中次の気持ちが込められているように感じる。
この映画、言葉がテーマになっているように感じた。
言葉を通じて触れ合い、心を交わし、時に傷つき、時に喜び、涙する様々な人達が描かれているからだ。
言うまでもなく人の生活は言葉と密接に関わっている。それは声に出す言葉であっても、文字に書く言葉であっても変わらない。
ただし、心の全てを言葉で表せるものではない。
「世界で一番あなたが好きだ」ということを言葉を使わずに伝えるにはどうすればいいかをこの映画は問いかけてくるようだ。
CHAGE and ASKAの名曲「SAY YES」の歌詞『言葉は心を越えない ah とても伝えたがるけど 心に勝てない』をふいに思い出した、そんな映画だった。
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