ヨーク

君たちはどう生きるかのヨークのレビュー・感想・評価

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
4.1
とりあえず先に結論を書いておくと面白かったです。面白かったし、好き嫌いで言っても好きな映画。まぁ宮崎駿(宮﨑表記にしようか迷ったが基本的に崎でいきます)作品でつまんなくて嫌いな作品というのは今までなかったので従来通りだねという感じではありますが。
従来通りというならば本作『君たちはどう生きるか』は個人的にはそんなに驚くような映画ではなかったというのはあった。予想通りの映画だったというわけでもないのだが、別に想像を遥かに超えてくるような作品ではなくて誤解を恐れずに言えば割と手癖と余力でいつもの感じに作った映画だなぁ、という感じだった。もちろん新鮮な部分もあったが、それもあれだね、前作『風立ちぬ』のB面的な感じで前回に描き切れなかったことをちょっと補足的にやっておくかという、遺作の続きって感じでしたね。そしてそのこと自体は特に意外ということはなかったと思う。あとはそうだなぁ、このフィルマークスでも公開一週間で約4万5千件以上の感想が投稿されていて、色々と深読みされたり考察されたりしてるようだがそんなに深読みしても仕方のない映画じゃないかなというのも感じましたね。いや、別に映画の楽しみ方は人それぞれなので過去作と照らし合わせて様々な角度から考察を…というのもやりたけりゃやればいいんだけど、この映画自体のテーマというか核の部分はすげぇシンプルでそこさえ読み取れていたらそれだけでOKな映画かなと思ったんですよね。
ま、それは後述として簡単なあらすじを書くと、時は太平洋戦争中、空襲で母親と死別した眞人少年は田舎に疎開するのだが家の中でも学校でもうまく馴染めない。死別した母親の妹が後妻になったのだが彼女はすでに子供を身籠っていて、それも眞人少年的にはなんかしっくりこない。そんな鬱屈を抱えていた主人公が疎開先の屋敷の離れにある古い塔に興味を持ち、アオサギに導かれるようにしてその塔へ…という感じですね。アオサギをウサギにしたらちょっと『不思議の国のアリス』っぽさもある。ま、ともかくお話はそのアオサギをトリックスターとしながら塔の中を冒険して、それが主人公の眞人少年を一回り成長させるという死ぬほどありきたりな展開を見せるのである。
そういう分かりやすい展開の映画で、相変わらずの宮﨑作品クオリティなのでアニメーションとしての楽しさや美しさや驚きも満ち満ちているわけだからさぞ王道な冒険ファンタジーなのだろうと思われるかもしれないが、しかしそこは少し違っていた。個人的には『崖の上のポニョ』もそんな感じだったけど、本作は過去の宮﨑作品というか、もっと言えば王道的なエンタメ映画というものからは少し外れた展開が成されるのである。王道的なエンタメ映画がどんなものかというと、そうだなー、例えば同監督の『天空の城ラピュタ』とかロバート・ゼメキスの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なんかが分かりやすいと思うけど、まずふわっとした大きな世界観とか設定とか主人公の目的とかが提示されてそれが徐々に終盤になるにつれて物語として収束されていくっていうのが王道的なエンタメ作品だと思うんですよね。『ラピュタ』だとまず主人公の親父が存在が疑わしい天空の城を見つけたってことと、いきなり女の子が空から降ってくるというふわっとした大枠の展開が成される。そこから女の子の出自や飛行石を巡ってどんどんお話が広がりながらも、中盤以降はその広がりと共に目的地である天空の城へと向かって収束もしていき、最終的には人は地面を離れて生きてはいけないというテーマを提示しながら大団円を迎えるわけである。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』も序盤でタイムスリップという大きな展開をしながら散りばめられた伏線が最後に全て見事に収束する。要は大きく広げた風呂敷を綺麗に折りたたむのが娯楽重視なエンタメ作品の特徴の一つといってもいいだろう。
それでいくと本作は分かりやすい娯楽エンタメだったかというとやや疑問が残る。好き嫌いはともかく、本作に結構賛否が分かれたり、いまいちノリ切れなかったというような感想が見られるのもそこが原因だろう。というのも本作ではお話が展開していくにしたがってそれが一点に収束していくというようなことはなくて、むしろ真逆にどんどん際限なく拡がっていく。無秩序が混沌を呼び、何かよく分からないままに展開される状況だけが次々と描写されていくのだ。『ラピュタ』のように明確な目的地があるわけでもなく『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のように華麗な伏線回収があるわけでもない。相変わらずにやたらめったらとアニメーションの質は高いが、正直何をやっているのか一見しただけではよく分からないような展開が説明なしにどんどんぶっ込まれていくのだ。面白いかどうかではなく、これはちょっと娯楽エンタメとは言い難いと思う。ただ、現実世界で生きている我々の世界のルールや律といったものから逸脱している(ように見えて実は決まりがあるのかもしれない)風に見える異世界の描写なんかは純然たる意味でのファンタジーというか幻想文学風な感じもして素晴らしい。娯楽映画のお約束や決め事なんかを無視して宮崎駿のイマジネーションの飛躍が垂れ流されるのはただただ心地よかった。まぁ、そのイマジネーションの飛躍というのも若い頃の躍動感はなく、むしろその若い頃の過去作からの引用などが多々見られたが。
そう、過去の自身の作品へのセルフオマージュは非常に多い映画であったと思う。その辺も多くの観客が期待したり、こう来るだろうと身構えていたことではなかっただろうかと思う。だって御年80歳を越えての新作だからね。遺作になる確率はかなり高い。そうなると自身の過去作への言及や、何だったらナウシカやパズーやトトロが出てくるジブリ・オールスターズな内容の映画になるかもと予測していた人もいるのではないだろうか。実際に過去作の引用というのはそこまでジブリマニアでもない俺が見ただけでもいくつかあったのでその予想は当たりといえば当たりなのだが、上記したように本作の中盤以降の展開やノリというものが緊張感を孕んでクライマックスへと収束していくという感じではなくて緩くフワフワと拡がっていくような雰囲気の映画だったので、その引用というのも真に迫るようなメッセージ性はなくて人生の最終盤に差し掛かったジジイが何となく思い出語りをしているだけっていう感じの茶飲み話のようなものに思えてしまうのである。そこもまた賛否が、というか好き嫌いが分かれるところであろう。『君たちはどう生きるか』というタイトルだけを見たら如何にも老境のジジイが説教したくてたまらないみたいな内容の映画を想像してしまうが、実際には説教感はゼロなゆるゆる映画だし、むしろお前らに説教なんてしてやんねーよ、という作品だったのである。宮崎駿の説教を聞きたくてたまらなかったファンにとっては肩透かしもいいところだろう。正直、そんなに重くありがたいメッセージなんてない映画だと思う。あるとすればせいぜいが大人ではなくて子供に向けて「生きてると他人に意地悪されることもあるし、他人に意地悪したくなることもあるけどそれもひっくるめて人生は楽しいぞ」ということくらいだろうか。その程度のことは特段深いお話ということではないと思う。そしてそれはそのまま宮崎駿という個人をアニメ映画の神様のように持ち上げるファンや業界内でのフォロワーに対する皮肉にもなっていて、その神格化された宮崎駿の偶像を捨てろと言っているように俺には思えた。
物語の終盤で明かされる塔の謎やそこにある13個の積み木。13個の積み木はおそらく宮崎駿の監督作品のことであろう。だったらあの塔はスタジオ・ジブリそのものと言ってもいいかもしれない。そんなもん継ぐな、という明確なメッセージが一点に収束する物語としてではなくどこまでも拡散していく物語の中で語られるのである。これはもう何をかいわんやだろう。いつまでそんな古臭い積み木で遊んで、そのことで世界を作った気になっているんだ、ということであろう。それは作中でわざわざこれ見よがしに観せてくれた「我ヲ学ブ者ハ死ス」という引用からも窺える。そう思うと『君たちはどう生きるか』というタイトルも説教臭いものではなく、単に「どうすんの?」と砕けた感じで聞いてきているだけのようにも思えるのである。俺はもうそんな御大層な高説を垂れるような映画は撮らないし、過去の俺の作品ばっかり観て真似るだけの奴は先がないと思うけど、どうする? という感じである。頭ごなしに説教されるのではなくポンと背中を押された感じがする。そういう映画だと俺は思った。そしてそれは前作『風立ちぬ』から引き継がれた念入りな生前葬という感じでもある。やや寂しくはあるが、別にこんなジジイがいなくなっても何とかなるさ、と返さなければいけないのだろうと思う。最初に書いた、ここだけ抑えときゃOKじゃね? ってポイントはそこですね。もうすぐ死ぬジジイが(と言いながらもう一本くらいは撮りそうな気もするが)後は任せたぞって言ってるような映画ですよ。それも『風立ちぬ』ほど大仰な感じじゃなくて軽いノリでね。そういう映画は好きだよ。
あとはそうだな、事前に作中に高畑勲がモデルになってるキャラクターが出てくると鈴木敏夫が言ってたけど、多分あの人なんだろうなと思いながら高畑勲の死を経て変化があったのかなと思いましたね。個人的にあのキャラクターは高畑勲だけでなく宮崎駿自身も投影しているキャラクターになっていると思った。それは“もう俺の後なんか追っかけてくるなよ”という宮崎駿からのメッセージでもあり“もう貴方の後ろ姿は追わないです”という高畑勲へと伝えたかったことではないのだろうか。やや感傷的に過ぎるが俺としてはそういう感じがした。そしてそれでいくならアオサギは鈴木敏夫なんだろうな。トリックスターとしてジブリそのものにも見えるあの塔へと主人公を導き、時には「ふざけんなよ! テメェ!」ってやり合いながらも最終的にはあの感じに納まってるっていうのは多分そういうことじゃないかなと思いますね。さらにさらに追記しておくと、本作は宮﨑駿から母への思慕の念が何たらかんたらとよく言われているようで、それは当然あるとは思うんだけど、個人的には母への目線と同等かそれ以上にこれから産まれてくる子への「お前は望まれているのだ」ということを描きたい感じがして、それって自分の子への贖罪を込めた本音なのではないだろうかと思いました。古い積み木でいつまでも遊んでるんじゃないっていうのはそのまま次世代へのバトンタッチでもあろう。やっぱそういう部分も念入りな葬式だなぁ、と思っちゃいますね。
まぁそんなところだろうか。好きか嫌いかでいえば余裕で好き。個人的には宮崎駿で育ったおっさんおばさんよりも本作が初めての宮崎駿となる子供の感想を聞いてみたい映画でした。ちなみに映画館で俺の隣は親子客だったけど子供は結構いい食いつきしてましたね。そこはまぁ流石ってところなんだろうか。
葬式感はムンムンするのに、不思議と爽やかなのがすごいところだ。面白かったよ。
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