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インフィニティ・プールのLudovicoMedのレビュー・感想・評価

インフィニティ・プール(2023年製作の映画)
3.4
《クローンが取って代わった可能性大! 暴力と欲望の通過儀式を経て生まれ変わる悪夢》

ボディホラーの帝王デヴィッドクローネンバーグの息子ブランドン監督の新作がディープパープルのアルバムみたいなポスターと共に公開された。ボディホラー系には進まずヴィジュアルトリップと極限状態の浮遊感を極めてゆく作家性は前作『ポゼッサー』で驚異のトリップ世界を見せ私を驚かせただけでなく今どきSFのリアリティラインを衒いなく導入された作品でもあって思いがけず喜んだ。今回は限定的なコンセプトホラーであり奇妙なディストピア制度がドンドン主人公を追い込んでいく窮地のつるべ打ちだ。そして作品全体が閉じた世界観に形成すべく限定的空間の外側は一切観せず物語を完結させる構成がどこか悪夢じみておりブランドンの作家性を引き出しているのとまずはその設定の面白さが光る作品であった。

その閉じた舞台設定とは、異国のリゾート地。すなわち浮かれ気分と融通の利かなさが同居した要注意シチュエーションなことはイーライロスホラーでタップリ学んだ。この地にスランプを抜け出すべく訪れた作家ジェームズとその妻は彼のファンだというミアゴスと旦那の提案でリゾートホテルの敷地外エリアを観光する。眉毛全剃り風で出てきた地点でもう悪女やる気満々のミアゴスが割と早い段階で手コキ誘惑してくるフェチズムが完全パールであり、その魅惑さにやられたジェームズはうっかり人を轢いてしまう。絶対ミアゴスが通報したっぽいタイミングで警察に捕まるとギャグみたく即死刑宣告をされてしまう。ところがどっこいその架空の国では大金と引き換えに身代わりのクローンを製造でき金持ちらはこぞってその制度を利用し金でありとあらゆる欲望を叶えていたのだった。ヨルゴスランティモスが好きそうな大筋であるがランティモスのようにクドクド醜態と世界観を作り込むでなく謎語のナンバープレートで十分示唆しつつジェームズの主観で展開を回していくのがなによりキモであった。それにより旅行先という現実レベルからドンドンSF的世界観に迷い込み中世のような倫理観へと身をやつしてしまう絶望が見応えあり、ここで注目したのがクローンに記憶を共有している設定だ。もしかしたら死刑されたのはオリジナルの方なのでは?セレブらが狂っているのは全員クローンなんじゃないか?などとフィリップKディック要素を思わず勘繰ってしまう。そうではない匂わせとしてクローンが目覚めた時のジャンプスケアを強烈な印象としてある一方死刑執行を見物するジェームズの表情が口だけ笑っていたのだ。

ミアゴス含むセレブらは正気を失ったように金では買えない快楽を満たしていき野蛮化していく。その罪の意識は処刑という形式的な死を持って償いを終えた感覚に麻痺してる様子が気持ち悪くもあり、そうなる人間の性悪説的症状を利用してこの架空の国はセレブの観光客から大金を摂取している。このモラル、ブランドンは恐らく『時計じかけのオレンジ』を自己流に換骨奪胎したのでしょう、彷彿する箇所も多くオープニングの超絶カッコいいデザイン、またふざけたマスクをつけた数名が家に侵入し縛り上げるくだりなど。

そして毒々しい作劇とサイケなトリップで魅せた前作と比べ今回はミアゴスに牽引されるがまま酩酊感を打ち出すドローンとした印象だった。主観ならではの嫌悪感で具合が悪くなる進行とも見事にリンクしていた。ただ今回はかなりこけおどし的に無理矢理見せ場を作ってる感があり、なんだかお約束のように挿入してるようだった。まあ見せてくれれば結局目を見張る。レンズフレアに埋め尽くされたシルエットのキス、エロい手元の刻んだフッテージを高速で殴りつける、にしても制御できない快感への抵抗感はヨナスアカーランドならさりげなくヤバい放送事故に仕上げたろうなあ、とか思っちゃった。

とはいえこのディストピア思想は存分に楽しめた怪作であった。
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