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落下の解剖学のLudovicoMedのネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
2.5

このレビューはネタバレを含みます

《真実は藪の中を法廷は解剖しようとするが、、》

去年のパルムドール受賞作が『ファーゴ』を思わすポスターアートで日本公開された。今回はどストレートなミステリー案件でアカデミー賞でもカンヌ枠として作品賞を狙っている。例年だと下馬評を曇らす存在としてNetflix映画or3大映画祭からの文芸チックな刺客が予想を番狂わせするパターンが観測される。近い例だと『ノマドランド』また『ドライブマイカー』がもしや、など目を離せない作品がありいかんせんNetflix勢が弱い今年は『哀れなるものたち』が取って代わり更に本作もダークホースなるか?もしやと思って観たが内容的にも前哨戦的にもないなって感じたカンヌ枠だった。しかし脚本の映画として世評を聞く本作、確かに緻密な会話劇で藪の中の真実からどうにか決断を捻り出そうと/捻り出さなければならない法廷劇としてスリリングさはあったが、正直イケてる脚本術とは思えなかった。それでも脚本賞はBAFTAで受賞成績があり、本アカデミー賞も相当固いと思われる。

そんな本作は大まかに3部構成となり事件〜法廷に至る1部そして意外な進展があった事で被害者目線の印象を大きく変える3部目に突入する。

階段からバウンドして落ちてくるボールが印象を残す冒頭、粒子を残したフィルム画質が端正で見心地の良い本作。

雪に覆われた山荘で学生からインタビューされるサンドラそしてその息子、犬が出てくる。すると爆音で50セントのイントロ曲が2階から鳴り出した、犬の名前はスヌープで=スヌープドッグという粋なヒップホップヘッズだなとか思ってると学生、散歩で息子が退室する。散歩から帰った息子は死体となった父を発見する。興味深いのはそこまでサンドラの夫は登場せず、突然死体で現れた印象を抱かせることで不在となる真実が描かれる。
推理ものとしても、密室とか怪死を扱わず非常にシンプル仕立てな分、余計にヒントが少なく観客も全てを観てるようで見えていない事件現場が描かれる。何より最大の掴みとなる息子が盲目の設定がありながら目撃者としての描写を観せてるにも関わらず、現場検証で真実の精度を追求するあまり証言が揺らいでしまうのだ。

如何に記憶による真実が不確定要素の強いものかを考察される。

このように観客がさっき観たはずの限りなく自殺に近い事件を揺さぶろうとするが、そもそも何故殺人でないと抱いてしまうかと言えば、この家族を被害者として話運びがされてるからだ。つまり冒頭を見てない法廷側からすれば事件の当事者であり一言一句全てに疑いかからなければならない。
これがまた地獄でバイセクシャルの疑いやら息子が盲目になった過去まで明るみになりプロファイリングによる追求が如何に偏見を食らうものかわかる。ここらへんを鑑賞してる時は、擁護するつもりはないが思わず松本人志の長期裁判を連日ネットニュースが根も葉もない情報を真実っぽく報道してるのを思い出した。

加えて本作の語り口は意外と珍しい回想を使わないタイプとなってることだ。厳密には過去の場面は出てくるものの進行を妨げ過去に跳躍する手法でないため時系は常に一直線に語られる。より本来の法廷もとい傍聴席感覚が際立ってくる。またこの手のジャンルではそれこそ藪の中型ギミックや意外な目撃者が現る覆し展開は使用せずケレンを一切排除し冒頭以上のことは起こらない。ところが第3部では録音テープの提出からついに不在の夫が画面に映る。そして息子の証言を通し真実としての過去を"回想"が代弁する。そこに映る夫婦のもつれにより被害者として同情していた我々もようやく印象が変わり一気に信用できない語り口に変化するのだ。
そうなると全てが怪しく弁護士と関係を持とうとする危うさなど、いずれにせよケレンやギミック文法を使用せずここまで印象操作させる巧みさに脱帽でした。同時にもう真相解明は不可能へ向かってゆくも裁判とは最終的に答えを下す必要があるため、最も無難と思える判決に至る。その曖昧な結論が真実は藪の中を巡る物語だったことを強調させるのだった。

とは評価してみたものの、実際にその会話劇がダラダラ並べられると退屈の方が上回りひたすら鈍重に感じてしまった。こういう脚本術映画がカンヌを惚れさせたってことはしっかり覚えとこうと思った収穫でそれなりの映画鑑賞ではあったのだが。
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