タケオ

ザ・キラーのタケオのレビュー・感想・評価

ザ・キラー(2023年製作の映画)
4.1
-フィンチャーはひねくれたロマンチスト『ザ・キラー』(23年)-

 1950~70年代にかけて製作されていた「フレンチ・フィルム・ノワール」の潮流を思い起こさせる作品だ。中でもとくに、ジャン=ピエール・メルヴィルの『サムライ』(67年)からの影響が色濃い。凝った脚本や派手な見せ場ではなく、洗練されたビジュアル・スタイルの集積によって映画を構築する「フレンチ・フィルム・ノワール」ならではの手触りを、デヴィッド・フィンチャーは現代に甦らせようと試みている。
 他のフィンチャー作品と同様、本作にも膨大な量のナレーションが導入されており、殺し屋の主人公(マイケル・ファスベンダー)は独自の哲学を饒舌に語る。ナレーションの言葉を信じれば、主人公は冷静沈着なニヒリストだ。しかし、そうではない。計算外の事態にあからさまに動揺し、恋人を傷つけられるや否や復讐に乗り出すその姿は、冷静沈着なニヒリストとは真逆といってもいい。なんだかんだで人間臭い男なのである。ナレーションの言葉は真実ではない。'台詞'ではなく'行動(アクション)'こそが主人公の本質だ。'台詞'ではなく'映像'によって物事の本質を語るのが「映画」であるように。洗練されたビジュアル・スタイルの集積によって映画を構築する「フレンチ・フィルム・ノワール」ならではの手法と、作品そのもののテーマは見事にマッチしている。
 思い返すと、フィンチャーの作品はいずれもニヒリズムを描いているようでいて、実のところ'実存'というテーマを力強く描いていた。本作の主人公も同様、ニヒリストを気取りながらも非情な生き方に徹することができていない。ニヒリスト気取りのひねくれたロマンチスト。それはフィンチャー自身の姿でもあるのだろう。
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