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⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎のタケオのレビュー・感想・評価

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎(2023年製作の映画)
4.6
-妖怪たちがいた「世界」への憧憬『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(23年)-

 鬼太郎は正統派のヒーローではない。近年では「悪い妖怪から人間たちを守る正義のヒーロー」というキャラクターが定着しつつあるようだが、端的にいえばその本質は「アニミズムの体現者」だ。正義でも悪でもない。「社会」というシステムの外に存在する'人ならざるもの'であり、その視線によって人間たちの営みを相対化する。『墓場鬼太郎』にて人間たちの滑稽な営みを覗いた鬼太郎は、ケケケと笑いながら「父さん、人間って面白いですねぇ」と呟いていた。
 水木しげる生誕100周年記念として製作された本作は、戦後の空気感を色濃く残す昭和31年の日本を舞台に鬼太郎の父たちの姿を描くことで、再び鬼太郎というキャラクターを「アニミズムの体現者」として定義付けようと試みた意欲作である。水木しげるの分身でもある主人公の姿を通じて描かれるのは、戦後の混迷の果てに劣化を極めていく日本の姿だ。'外からの視線'を無化した人間たちが「今だけ、金だけ、自分だけ」の価値観のもとに繰り広げる醜悪な営みにより、鬼太郎の父たち幽霊族が滅ぼされていく。本作において幽霊族たちの衰退は、日本における「アニミズム」的な感受性の喪失と重ねられている。そこに、かつて太平洋戦争に従軍し日本軍の蛮行を直接目撃した水木しげるの思想をみてとることは容易い。幽霊族の滅亡=「アニミズム」的な感受性の喪失によって人々が「社会」に閉ざされていくことへの怒りと焦燥が、全編に満ちている。御天道様と御月様が我々を見つめ、そして狐が人々を化かしたあの「世界」は何処へ消えたのか。幽霊族や多種多様な妖怪ら'人ならざるものたち'が巣くっていたあの豊かな「世界」を、我々は憧憬しているのだろうか。
 「社会」に閉ざされるな。森の暗闇で目を凝らせ、川のせせらぎに耳をすませ。きっとまだ、そこに妖怪たちがいるはずだ───と本作は叫ぶ。かつて水木しげるが幻視していたであろう「世界」の在り方を、劣化を極めた'今'という時代に突きつけた意義は計り知れない。墓場の影から目玉の親父がこちらを見つめている。その視線は、「社会」に閉ざされてしまった我々を再び豊かな「世界」へと導くためのゲートウェイだ。
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